す映画『グリーンマイル』レビュー|奇跡と哀しみが交差する“死刑囚E棟”の福音
こんにちは、映画好き画家のタクです。
今回レビューで取り上げる映画は、1999年に公開された映画『グリーンマイル』です。
原作はスティーヴン・キング。ホラー小説の大家でありながら、この作品ではホラー要素を超えた“人間の尊厳”や“赦し”、そして“奇跡”を描いた作品となっています。
映画の舞台は1930年代アメリカ南部の刑務所。死刑囚が収容される棟を意味する「グリーンマイル」という名称は、処刑台へと続く床が緑色だったことに由来します。
この重苦しい空間に、ある日「奇跡」をもたらす黒人死刑囚が送られてきたことで、看守たちの人生が少しずつ変わっていきます。
監督は、キング作品の映画化に定評のあるフランク・ダラボン。主役はトム・ハンクス。
それでは、映画『グリーンマイル』についてレビューしてみましょう。
映画『グリーンマイル』解説
『グリーンマイル』は、「不思議な力を持った男」と「それを見守る者たち」という作りのドラマです。
ジャンルとしてはファンタジーとも言えますが、物語の中心には、人間の「罪」と「赦し」、そして「救済」という普遍的なテーマが据えられています。
なので純粋なファンタジー映画を期待してみると「あれれ?」となるかもしれません。
宗教的なモチーフ(特にキリスト教的なイメージ)が随所に登場し、非常にメッセージ性の高い作品です。
スタッフ・キャスト情報
- 監督・脚本・製作:フランク・ダラボン
- 原作:スティーヴン・キング(『The Green Mile』)
主なキャスト
- ポール・エッジコム(主任看守):トム・ハンクス
- ブルータス・“ブルータル”・ハウエル(看守):デヴィッド・モース
- ジョン・コーフィ(不思議な力を持った囚人):マイケル・クラーク・ダンカン
- ディーン・スタントン(若い看守):バリー・ペッパー
- パーシー・ウェットモア(看守):ダグ・ハッチソン
- ウィリアム・“ワイルド・ビル”・ウォートン(囚人):サム・ロックウェル
- トゥート=トゥート(囚人):ハリー・ディーン・スタントン
- デル・ドラクロア(囚人):マイケル・ジェッター
- ハル・ムーアズ(所長):ジェームズ・クロムウェル
- メリンダ・ムーアズ(所長の妻):パトリシア・クラークソン
- クラウス・デタリック(殺された女の子の父親=農園主):ウィリアム・サドラー
監督フランク・ダラボンとスティーブンキング
ぼくは監督フランク・ダラボンはスティーブンキングとは親子のような信頼感があるのではないか、、、と思う時があります。
キングの小説は、読むとわかるのですが、ある一つの出来事を描くため、幾重にも下地を塗り固める感じがあります。その重層感あっての怖さだったり感動だったりすると思います。
だから映画化するとき=脚本書く時にとても書きづらいんじゃないか、と思うのです。上澄みだけ脚色したのではダイジェストにすぎませんし、、、。
そんな意味でも『ミスト』や『ショーシャンクの空に』とキング作品を佳作映画に押し上げているフランク・ダラボンってやはり親子のような信頼感なのでは、、、と勝手に想像しています。
キャストはオールスターズ
『グリーンマイル』あらすじ
物語は一人の老人、ポール・エッジコムの回想から始まります。
ポールは高齢者施設で静かに暮らしていますが、ある日テレビで見たフレッド・アステアのミュージカル映画『トップ・ハット』の映像をきっかけに、60年前の記憶がよみがえってきます。
+ + +
1935年、ポールは、ルイジアナ州の刑務所で死刑囚を収監するE棟「グリーンマイル」の主任看守を務めていました。
そこに、身の丈2メートルを超える巨漢の黒人男性、ジョン・コーフィが収容されます。
コーフィは白人の少女二人の殺害の罪で死刑判決を受けていました。
しかし、コーフィの物腰は穏やかです。そのうえ不思議な力をもっていました。
それは、ポールの苦しんでいた尿路線感染症を治したり、ネズミの命を取り戻したり、説明がつかない奇跡のようなことを看守たちの目の前で起こしたのです。
コーフィの奇跡の力に触れたポール、そして看守たちは、やがてコーフィが無実ではないかと思い始め、所長の妻の病を癒すために、刑務所の外へ連れ出すという禁じ手に踏み切りますが…
『グリーンマイル』あらすじラストまで(ネタバレ閲覧注意!)
以下はネタバレですので、映画を見たい方はスルーしてください。
+ + +
社長の妻の病を一瞬で抜き去ったコーフィ。
妻は全てを理解したかのように、コーフィに聖人クリストファーのペンダントを授けます。
彼は、癒しと悪を吸収する奇跡の力を持つ“受難者”のような存在だったのです。
コーフィは、自らが誤認逮捕された少女殺人の真犯人が、すぐそばにいることを示し断罪、そして自らの無実を看守たちに示します。
しかしコーフィは「もう疲れてしまった」と、刑を受け入れ、ポールはコーフィの死刑を執行します。
場面は変わり、今。
老いたポールは、コーフィの奇跡と記憶を引き継いで生き続けていたのです。
ポールは、ネズミのMr.ジングルスとともに“異常な長寿”を生きていることが明かされます。
ラストは、愛するものの死をどこまでも見届けなければならない「受難者」となっていることも明かされ、静かで深い余韻で幕となります。
『グリーンマイル』ぼくの感想:人生経験が深まるほどに心に響く映画
初めてこの映画を観たのは2000年、公開当時のことです。そして今回、2025年に改めて観直したところ、全く違う印象を受けました。
若い頃は、奇跡なんて起きるわけがない!信じるのは自分だけ!と若いがゆえの唯我独尊。
でも、人生を重ね、理不尽や喪失、救いようのない出来事を体験した今となって、逆に「奇跡は確かに起こるよね」と気付かされる機会が増えるというものです。
若い世代にはやや難解かもしれない宗教的要素も、40代・50代以上になると、「痛みの共有」や「贖罪」という概念が、現実に感じられるようになります。(すみません、なんか上から目線っぽいですが、あくまで質量的に歳が嵩んでいるというだけです)
特にぼくの印象に残ったのは、以下のコーフィのセリフでした――
「毎日愛が利用され、たくさんの人が苦しんでいる。それを感じることに疲れてしまった」。
『利用される愛情。それによって傷つけられる、大勢の人』
この言葉は、深いです。
間違った愛や、使命感・正義感といった愛に乗っかった挙句に、泥を舐めるような経験って、ありますよね。
そんな経験を積んだり、理不尽さを実体験した上で、そのセリフを聞く…。すると、真に澄んだ響きとなって心に迫ってくる…そんなマジックがあるセリフだとぼくは思いました。
名脇役たちの支え
主役のトム・ハンクスはもちろん素晴らしいですが、個人的に最も印象的だったのは若い看守ディーンを演じたバリー・ペッパーです。
セリフが決して多いわけじゃないけど、なんというか、観客代表のような位置付けで映画に妙味を与えていると思います。
彼は『プライベート・ライアン』でもトム・ハンクスと共演しており、二人の信頼関係がスクリーンにも自然に表れているような気がするのは、ぼくの思い込みでしょうか。
悪役として登場するパーシー・ウェットモア(ダグ・ハッチソン)の“超絶ないやらしさ”も見事でした。コネと傲慢さで暴走する姿には「こんな奴、実際にいるな…」とゾッとさせられます。
名優ハリー・ディーン・スタントンはなぜディーン・スタントン役ではなかったのか?
ポールの看守仲間にはブルータス・ハウエル(ディビッド・モース)とディーン・スタントン(バリーペッパー)そしてもう一人ハリー・ターウィルガー(ダグ・ハッチソン)がいます。
ここで役名に気づくことがありませんか?ディーン・スタントンとハリー・ターウィルガーを掛け合わせ引き算すると名優ハリー・ディーン・スタントンが浮かび上がってきます。
ちなみにハリー・ディーン・スタントンもトゥート=トゥートという模範囚役で死刑執行の予行練習で死刑囚役として登場します。
ぼくは、監督が原作を読んでいるときにディーン・スタントンとハリー・ターウィルガーの名から「トゥート=トゥート役はハリー・ディーン・スタントンしかありえない!」と打診した、、、、とは、ぼくの勝手な想像です。
でも、そんなふうに、映画を観た後に自分で勝手な連想ゲームをするのも映画の楽しみ方の一つだと思います。
ネズミのMr.ジングルス
物語の中で印象的な存在なのが、ネズミのMr.ジングルスです。彼の可愛さは主役級です。
彼は死刑囚デルによく懐いており、一度はパーシーに殺されかけるも、コーフィの力で蘇ります。
このネズミの存在は、ラストシーンでとある“奇跡の余韻”として効いてきます。
人間のような穢れを抱えないMr.ジングルスは、ある意味、もっとも純粋な存在だった、と、ぼくは意味づけています。
しかし、パーシーの情けも容赦もない殺し方に、スティーブンキングの恐ろしさ(凄さ)を見せつけられました。どんな行為だったかは映画をみてのお楽しみです。
ぼくの評価:★★★★☆(4.5)
文句なしの名作ですが、キリスト教的な象徴の一部が日本人には若干理解しにくい点を考えて、星4.5としました。
たとえば、ジョン・コーフィが奇跡を起こした、社長の妻から受け取るペンダントには、聖人クリストファーのイコンが描かれていました。この辺りはクリスチャンでないと、多分わかりにくいですよね。そんな意味でのマイナス星半分です。
コーフィと聖人クリストファーのペンダントの関係とは?
最後にちょっとだけ、聖クリストファーとは?について、簡単に書いておきます。
聖クリストファーは「旅人の守護聖人」として知られ、伝説では“幼子イエス”を背負って川を渡ったとされています。
これは、「重荷(=人々の罪や苦しみ)を背負って生きる者」の象徴です。
つまり、ジョン・コーフィが聖クリストファーのペンダントを受け取る描写は、彼が“人々の苦しみを背負う受難者”であることを示しているのではないでしょうか。
この視点から物語を俯瞰すると、コーフィの存在がよりキリスト教的に神聖で、メタファーに満ちたものとして感じられるように思います。
まとめ:歳の積み重ねと共に観なおしたい一作
『グリーンマイル』は、単なるお涙頂戴感動ドラマではありません。(原作がキングですから、それはありえない)
赦しと奇跡、そして人間の逃れられない業と哀しみを静かに、丁寧に描いた、チカラ技傑作だとぼくは思っています。
『グリーンマイル』配信情報(2025年8月現在)
- Amazon Prime Video(レンタル・購入)
- U-NEXT(ポイント利用可)
- Netflix(時期による)
- Apple TV、Google Play など
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