『バグダッド・カフェ』映画のあらすじ・評価・音楽レビュー。大人のファンタジーネタバレ感想まで

ヒューマン・ハートフル

劇中音楽「コーリング・ユー」の大ヒットでも知られる『バグダッド・カフェ』。その独特の空気感は賛否両論ありますが、いまだに語り継がれる映画の一本であることは間違いありません。

砂漠の街道筋に立つさびれた一軒のモーテルに一人の異邦人がやってくることで、その世界が静かにかわってゆきます。大人のファンタジーと言ってもいい映画です。

公開は1989年。西ドイツとアメリカの合作映画です。監督はドイツ人のパーシー・アドロン。キャストは主役ジャスミンをマリアンネ・ゼーゲブレヒト/カフェの女主人をCCH・パウンダー。脇役をジャック・パランス他。

バグダッド・カフェに起こった、大人たちの奇跡をレビューしてみます。

 

『バグダッドカフェ』あらすじは?

舞台はアメリカの砂漠の街道筋だ。ひと組のドイツ人夫婦がドライブ中に夫婦喧嘩するシーンからドラマは始まる。

妻ジャスミンは車を降り、夫は彼女を置き去りにする。

砂漠のど真ん中、彼女が旅行鞄を引きずってたどり着いた先は、街道沿いに立つ一軒の潰れかけたモーテル「バグダッド・カフェ」だ。

「バグダッド・カフェ」の女主人ブレンダは、甲斐性のない夫を家から放り出したばかり。ブレンダは気持ちも暮らしもどん底だ。

そんなところへ忽然と現れたジャスミンを仕方なく泊めるブレンダ。

しかし、押し付けのない不思議な空気をまとったジャスミンは、次第にブレンダ初め、ブレンダの子供達、そしてモーテルの住人を、そして旅人までも惹きつけていく。

ジャスミンは、引きずってきた旅行カバンの中に一組の手品セットを見つけ(実はカバンは夫の旅行カバンだったことがわかる)手品を披露する。

その手品が客の評判を呼び、寂れていた「バグダッド・カフェ」は、トラック運転手ら街道を行き来する人々のオアシスになり、繁盛店となってゆく。

しかしある日、町の保安官がジャスミンが就労ビザを持っていないことに気づく。保安官はジャスミンを収監することになり、事態は急転する…。

ジャスミンのいなくなったバグダッド・カフェはどうなるのか?

ジャスミンが結びつけた人々の絆は、ほどけてしまうのか?

…といったあらすじです。

『バグダッドカフェ』ラストは?ネタバレ閲覧注意

不法滞在で収監されたジャスミンだったが、滞在ビザをとり再びカフェに舞い戻る。

カフェは再び活気を取り戻す。

しかし、滞在ビザには期限があ理、いずれは切れてしまう。

ジャスミンに恋ごころを抱いていた画家は、ジャスミンに結婚を申しこむ。

「ぼくの妻になれば、君は永住権を得る」と。

ジャスミンは笑顔でこう答え、エンドクレジット。

「ブレンダに相談するわ」

『バグダッド・カフェ』ってどんなタイプの映画?

人は実は肌感覚で映画を観ている

『バグダッド・カフェ』、なんとも不思議な空気感と間(ま)を持った映画です。

ネット上でも「つまらない」「よくわからない」「おもしろくない」という意見と、「何度も見てしまう」「傑作」「名作」という意見に分かれています。

実際『バグダッド・カフェ』は、普通の映画の作りとは違います。

明快な起承転結があるわけでもない。

正義と悪といった、わかりやすい図式もありません。

登場人物の存在だって、ただ、そこにいるだけのような演出です。

まるで、「映画みたいなドラマチックな展開なんて、日々起こり得ないよ。普通の人の日常って、まあ、こんなもんだよな」という感じです。

観客に問題提起をして、「あとはそれぞれよーく考えてみてね」と言ってエンディングになるような、そんな映画です。

そんな『バグダッド・カフェ』は、その雰囲気、そして独特の行間から、決して万人向けとはおもえませんが、その空気感に浸れるなら、何度も見たくなる映画だと思います。

でも、浸れないなら、最初からダメでしょう。

それでもしかし、その「浸れる浸れない」は理由を探そうとしても探せない、一種「肌感覚」みたいなものです。

なので、浸れたからエラいというわけでも、浸れないからダメだ、ということでもないと思います。

たとえば人でも、おんなじですよね。「なんか空気が違うんだよな」とか「ソリが合わない」ってあるじゃないですか。

映画も同じだと思うのです。『バグダッド・カフェ』はそれがことさらに強いような気がします。

なぜ人気があるのか?

『バグダッドカフェ』の人気の一つは、詩のような文体を持っているから、のような気がします。

詩という文学は、説明文ではありません。起承転結文学でもありません。読み手にイメージを託す文学です。

『バグダッドカフェ』も映画という体裁をとっていますが、詩と同じような表現方法を取っている映画だと感じています。

シーンや人物関係の説明がほとんどなされません。読み手ならぬ観客に委ねています。

人は芸術作品を鑑賞するとき、実は誰もが無意識のうちに過去の体験をベースにして鑑賞します。

「いい絵だな」と思う時、その心の動きは過去の体験と未関係ではありません。

それまで積み重ねてきた過去体験が向き合った作品とリンクするときに「感動」が生まれるものなんだとぼくは思っています。

『バグダッドカフェ』という映画がなぜ人気があるのか?

ぼくなりの考察ですが、映画の極力少ない説明が、逆に観客に、「無意識のうちの過去との対話を促している」から、のように思えます。

『バグダッドカフェ』の演出は、観る人の深層との対話を促している。それが人気の秘密ではないでしょうか。

観客の過去体験は千差万別です。なので、『バグダッドカフェ』へのレビュー意見が分かれるのは、至極当然なように思えます。

『バグダッド・カフェ』のメッセージを読み解く

人は異分子が入ることで前に進む

『バグダッド・カフェ』に登場人物=ブレンダはじめ、ブレンダの家族、カフェを切り盛りする男性、モーテルにいついている人々=は最初は見事にバラバラです。

誰も相手を受け入れている様子が見えません。

そこに登場するのが異邦人=ドイツ人のジャスミンです。

誰もが怪訝そうに異邦人ジャスミンに接しますが、ジャスミンは彼女にとって「当たり前」のことをしはじめますそれは掃除なのですが、そのことがきっかけとなり、周囲の怪訝な気持ちが次第に心をほどけてゆきます。

異邦人ゆえに、「心を配る」ことなんてジャスミンにはできません。ただただ、自分が納得できることをします。

その「自分が納得できること」をすることが、『バグダッド・カフェ』と、関わる人々=バグダッドカフェの世界を変えてゆきます。

「自分が納得できることをなすことが世界を変えるのだ」というメッセージを、ぼくはジャスミンの異邦人としての姿勢から受け取りました。←これ、すごく好きなメッセージです。

人は一人では生きられない

ドイツ人監督が作ったこの映画は、ドイツ人(西欧人)らしい個人主義が映画の根底に流れているように、ぼくは感じました。

とことん個を大切にする西欧人社会って、伝える言葉をもたなければ、バラバラのままです。西欧社会で言葉を持たない人間は、生きることさえ難しくなっていくと思います。

もちろんバラバラが良いわけじゃなく、だからこそ西欧人は、日本人なら「言わなくてもわかるだろ」ということでも、言葉をかわしあい、意見を交えることを第一、そして大切にします。

ところがこの映画ではその「対話」がほとんど見られません。セリフも少なめです。

対話を大切にするドイツ人が、なぜこんなにも言葉少なく、空気感を前面に出した映画を作ったのか?

ぼくはそこが気になりました。

その疑問へのぼくの結論は、「人は一人では生きられないことへのさまざまな問いを突きつけるためだったのではないか?」です。

逆に「空気を読む」特殊技能を生まれながらにして持つ私たち日本人に『バグダッド・カフェ』がすんなり(あ、もちろん反対意見もあるけど)受け入れられたのは、そんな理由のような気もしています。

人は帰る場所を探している

『バグダッド・カフェ』の中盤で、一人のバックパッカーが登場します。

そのバックパッカーが背負っているザックは、人生に必要な全てを詰め込んだような大きな荷物です。

その風来坊であるはずの彼が、なぜか、カフェに居つきます。

そして彼がブーメランを飛ばすシーンが、何度も繰り返されます。

ブーメランは、ご存じ、投げた人の手元に「帰ってくる」ツールですね。

ぼくはこのブーメランがとてもメッセージが隠されたのシーンに思えてなりませんでした。では、それはどんなメッセージでしょうか?

ぼくは、「人が探し求めている場所は、実は遠いどこかではなく、自分が既にいる場所なのだ」という暗示だ、と、受けとりました。

バグダッド・カフェは物語冒頭においては、ただの寂れたモーテルです。

しかしクライマックスでは、ただの寂れたボロモーテルではありません。全ての登場人物の帰るべき地となっているのです。

人は誰もがどこか目指す場所を探しています。そして意外にもその場所は遠くではなく足元なのだ、ということをブーメランは暗喩しているような気がしています。

『バグダッド・カフェ』ぼくの評価〜詩を観るような映画

『バグダッド・カフェ』ってどんなタイプの映画?という章で、ぼくは「肌感覚で見方が分かれる映画だ」と書きました。

『バグダッド・カフェ』は公開時に観、その後レンタルビデオで再会。さらには20年近くたちBSで観ましたが、最新の感想は、これも文中で書いたように、やはり「詩を読んでいるような映画だな」でした。

詩って、わけわからない言葉があっても、それはそれ、まあいっか、と受け入れて、全体の空気で受け止めますよね。(少なくともぼくは、そう)

『バグダッド・カフェ』は、「解けない問いをあちこちに残した余韻がまた不思議と詩を楽しむように心地よい…」ぼくにとってはそんな映画です。

『バグダッド・カフェ』音楽のこと

『バグダッド・カフェ』の音楽『I’m Calling you』は公開当時ヒットしました。静かな散文詩のような音楽ですが、映画のポエティックなトーンをうまく表現していると思います。というか、映画より音楽の方が有名かもしれません。映画知らなくても「ああ、あの曲ね」となるのではないでしょうか。

「Calling you」の作曲はボブ・テルソン。歌い手はジェペッタ・スティール。映画公開後セリーヌ・ディオンやジョージ・マイケルといったシンガーに歌い継がれて今はスタンダードナンバーとなっています。

 

 

『バグダッド・カフェ』配信先は?

『バグダッド・カフェ』は以下のサービスで配信・レンタルできます。

サービス 配信orレンタル
U-NEXT 見放題配信
PrimeVideo 見放題配信
TSUTAYA DISCUS DVDレンタル
DMM TV レンタル
MUSIC.JP レンタル
LEMINO レンタル
FOD 見放題配信




コメント

タイトルとURLをコピーしました