『プライベート・ライアン』実話ベース・手が震える映画のあらすじ結末紹介|アパム考察〜評価まで『午前十時の映画祭14』上映決定

戦争・歴史・時代

こんにちは!運営人の映画好き画家・タクです。今回のムービーダイアリーズレビュー作品は『プライベート・ライアン』1998年公開・アメリカ映画です。


第二次世界大戦ヨーロッパ戦線で戦況を大きく分けた作戦がありました。ノルマンディ上陸作戦です。

連合軍が1944年6月6日、フランス・ノルマンディ地方のビーチに多数の上陸用舟艇で急襲、上陸したのです。

その上陸からの数日間の戦場を描いた『プライベート・ライアン』は、「戦争映画の金字塔」と言われることに異議を唱える映画ファンは、ほぼいないと思います。

監督はスティーブン・スピルバーグ。配役はトム・ハンクスやマット・ディモン、他。

映画では冒頭(オープニング)からリアルかつグロいシーンも多々映し出されます。しかしそれはスピルバーグの「戦争から空虚なヒロイックな意味づけを抜き去り、どこまでも残酷な最前線の現実を伝えよう…」という、映画人としてのプライドの発露と言っていいでしょう。

ぼくは、劇場公開時の1998年から、毎年最低一回はビデオやDVDで観続けてきました。

そしてなぜか、ヘコんだ時に手が伸びるDVDが『プライベート・ライアン』なのです。

そう、劇場公開から四半世紀=25年たった2023年現在、たぶん観た回数は40回以上。『プライベート・ライアン』は、間違いないなくぼくの心の支えになっている殿堂入りの一本です。

「ムービーダイアリーズ・レビュー記事100本目」は、ぼくの大波小波フリーランス人生を支え続けてくれている戦争映画の傑作『プライベート・ライアン』をレビューします。

そして追っかけ情報です。2024年9月から10月にかけて『午前十時の映画祭』で提携劇場リバイバル上映されます!その情報も記事末尾にアップしましたのでご覧ください。




『プライベート・ライアン』日本版予告編

『プライベートライアン』の意味は?

『プライベート・ライアン』の原題は『Saving Private Ryan』といいます。どういう意味でしょうか?

「私的なライアン救助』とでも訳したくなりますが、それは、ブー。

軍事用語でPrivateは「二等兵」という意味があります。

そう、正しくは『ライアン二等兵救出』が原題訳となります。

『プライベート・ライアン』って実話なの?

実話?それともフィクション?

『プライベート・ライアン』は、その映像リアリティから実話のように思われがちですが、そうではありません。

大戦中に、四兄弟のうち三人が戦死、一人が強制的に帰国となった歴史的な事実をヒントとして作られた、フィクションムービーです。実話ではありません。

映画の中で、将軍がリンカーンの言葉を引用しながら、「ノルマンディで三人が戦死したことは見過ごせない。末っ子のライアン二等兵を何としても救出せよ」との命令を下しますが、先に書いた事実を父親(おじいさんだったかな?)から聞いたスピルバーグが映画化を企画したようです。

実はスティーブン・スピルバーグって、結構ミリオタでもあるんですよね。(スピルバーグに限らず、隠れミリオタの男子、結構多いと思う。何を隠そう、運営人のぼくも、そうです)

アメリカ人のスティーブン・スピルバーグにとって、第二次世界大戦の転換となった激戦、ノルマンディ上陸作戦=D-Day=を素材に映画化したい…と思ったのは至極当然だったんじゃないかな、と思います。

ちなみにノルマンディ上陸作戦を映画化した作品には、『史上最大の作戦』(原題:The Longest Day)がありますが、その映画とは全く異質な映画となっています。もちろん『史上最大の作戦』も映画史に名画として刻まれている作品です。ジョン・ウェインやヘンリー・フォンダ、ロバート・ミッチャムといったハリウッドのオールスターキャストで撮られた映画でした→映画.comさんのサイトを貼っておきます=https://eiga.com/movie/45203/




『プライベート・ライアン』ミラー大尉はなぜ手が震えるのか?

理不尽でグロだけど最前線描写が秀逸

『プライベート・ライアン』の映画としてのすごさは、戦場リアリティと、理不尽な現場における兵士たちの心の葛藤、「最前線はどこまでもシュールなんだ」という戦争の顔を真正面から描ききったことにあります。

それまでの戦争映画は、兵士がヒロイックに描かれていたり、最前線を舞台にした兵卒ムービーであっても、いい意味でも悪い意味でも残酷な表現への遠慮がありました。

どういうことかというと、過去の戦場の記録写真を見るとわかるのですが、戦場での戦死は、目も当てられません。はっきりいって、グロいです。はらわたは飛び出る。大口径機銃弾が当たると体は血が詰まった風船のように四散する。数日放置された兵士の死体は、まさに記録写真に出てくるそれです。

しかしスティーブン・スピルバーグは『プライベート・ライアン』において、そんな描写をあえて使い、観客をノルマンディ上陸作戦の激戦のただなかに放り込んだのです。

そのリアリティに、手も心も、震えます。




ミラー大尉の手が震えるのはなぜか?

心と手が震える映画、と書きましたが、劇中、主人公ミラー大尉(トム・ハンクス)はふとした時に手が震える描写があります。

ネットでも疑問に思う方がいるようです。ぼくも、あの震えは何でなの???と、謎でした。

なので、調べてみました。

「ミラー〜大尉の手がなぜ震えるのか?」

医学的に見ると手の震えは、「極度の緊張状態」からくる症状なようです。

ミラー大尉の手が震えるシーンは、戦闘中ではなく、緊張が高鳴りつつある時(上陸用舟艇の中のシーン)や、休んでいる時に出ています。

生死ギリギリの状況へ向かう緊張状態と、逆に戦いからしりぞいた=解放された=緩んだ状態で出ています。

戦場での精神状態の波を「手の震え」演出に託している、ぼくは考えています。

ネタバレになりますが、ラストでは、「震えていないミラー大尉の手」が写し出されます。それは「戦場から、ミラーが真の意味での解放された」シーンなのです。

オープニングから何度か繰り返される「ミラー大尉の手の震え」が、映画の結末に止まる….なんと深く練られたシナリオだろう….。そんな映画を作ってくれたスティーブン・スピルバーグに、逆にぼくの心は大きく震えました。

兵士の震えの疾患をネットで調べてみたところ、NHKが兵士たちの精神疾患をテーマに作った番組『戦跡 薄れる記憶』がありました。その中から一部を転載します。理解の一助になれば、と思います。

先の大戦中、戦場でのストレスなどが原因で精神疾患を発症した兵士たちがいました。

しかし、その存在は「皇軍の恥」とされ、ひた隠しにされてきました。

ことし、兵士たちを追跡調査したおよそ60年前の極秘資料が、NHKの取材班にはじめて開示されました。800ページにわたる資料には、壮絶な戦場での体験から戦後も病に苦しみ、誰にも理解されず孤独を抱えて生きた兵士たちの姿が記録されていました。

“戦争神経症”の日本兵 激しいけいれんが全身を襲った

戦地のストレスなどによる精神疾患を総称して“戦争神経症”といいます。

症状は不眠やうつ、幻聴など。全身がけいれんしたり、歩行が困難になるなどの激しい症状が現れる人もいました。

ミラー大尉は戦場での手の震えでしたが、「戦争神経症』を発症した設定だったのではないか…とぼくは推察しています。

さて、それでは映画『プライベート・ライアン』のあらすじをちょっと紹介しましょう。

『プライベート・ライアン』あらすじ紹介です

はじまり

フランス・ノルマンディの戦没者墓地に老人が家族とともに訪れる。どこまでも続く十字架。男は一つの墓標の前でひざまづく。

何を思うのか、男の目は悲しさをたたえ、瞳はかつて体験した遠い過去、第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦へとオーバーラップする。

時は1994年6月6日。ドーバー海峡。アメリカ軍の上陸用舟艇がフランスの浜辺へ押し寄せる。オマハビーチだ。

舟艇の前扉が開くと、浜辺の崖の上のドイツ軍トーチカから、嵐のような機銃掃射が兵士たちをなぎ倒す。

アメリカ軍兵士たちはほぼ射的のマトだ。

第2レンジャー大隊のミラー大尉(トム・ハンクス)率いる中隊は、次々斃れゆく兵士たちのしかばねを乗り越え、ドイツ軍トーチカへ接近。激戦の末、制圧する。

オマハビーチの戦いで「ライアン家の三人の兄弟兵士が戦死した」事実がアメリカ本土のマーシャル将軍の元に届けられる。

将軍は、ライアン家末弟・ジェームズ・ライアン二等兵がノルマンディのどこかに空挺部隊員として降下したことを知り、本土へ連れ戻す命令を発する。

オマハビーチを制圧後3日目。

新たな任務

将軍から発せられた「ライアン二等兵救出」の命令がミラー大尉の元に届く。

ミラーは中隊から生え抜きの兵士6人=ホーバス軍曹・ライベン一等兵・ジャクソン狙撃手・メリッシュ二等兵・カパーゾ二等兵・ウェイド衛生兵、そして通訳として、戦場を知らないアパム伍長を従え、わずかな情報を頼りに、ライアン二等兵を連れ戻すべく、最前線を潜り抜ける任務に着く。

潜り抜けるといっても、進むエリアはドイツ軍、連合軍が一進一退を繰り返すフロントラインだ。

ドイツ軍と連合軍が家一軒を奪い合うような市街戦、ドイツ軍のレーダー基地を叩く戦いがミラー以下7人の道を阻み、市街戦ではカパーゾ二等兵が戦死。レーダー基地制圧戦ではウェイド衛生兵が命を落としてしまう。

とある花咲き乱れる野原で、一台のドイツ軍装甲輸送車にミラーらは遭遇。思いもよらぬバズーカによる砲撃でドイツ軍装甲輸送車は撃破される。

ライアン二等兵

バズーカはどこから放たれたのか?いぶかしげなミラー大尉たちの前、花咲く野原の中から立ち上がったのは、三人の兵士。軍服は空挺部隊員のそれだ。

名前を伝え合うミラーと三人の空挺部隊員たち。その中の一人がこう名乗る。

「ジェームズ・ライアン二等兵です」




偶然で唐突なライアン二等兵との対面。

ミラー大尉はライアン二等兵に帰国命令を伝え、救出作戦は終わったかに思えた。

しかし、ライアンたちの空挺部隊が本拠としていた街の一本の石橋は、なんとしてもドイツ軍から守りぬかなければならない橋だった。

ドイツ軍戦車と兵士が、街に迫る。激戦は必至だ。

ミラーと部下、そしてライアンのとった行動は???

結末ラストまで〜ネタバレあり閲覧注意です

ミラー大尉が帰国命令を伝えるが、ライアン二等兵は帰還を拒み、空挺部隊の仲間とともに橋を死守することに固辞する。

ライアンを連れ戻すことが命令のミラー大尉は困惑するが、一つの答えを導き出す。

「ライアンらと共に橋を守り、そして生きて帰る」という選択だ。

いっときの静けさのあと、ドイツ軍の重戦車タイガーが歩兵を従えて瓦礫の廃墟に突入してくる。

戦いは激烈を極める。

狙撃手のジャクソンがマーダー戦車の砲撃で吹き飛び、戦死。

アパムは機関銃弾帯の運搬を任されるが、恐怖で身動きできずに、弾帯付きた機関銃手メリッシュはドイツ兵とナイフでの格闘の末、命を落とす。

古兵ホーバス軍曹はバズーカでタイガー戦車に立ち向かうが、銃弾を受け、戦死。

ミラー大尉は橋を爆破すべく雷管に手を伸ばすが、かつて情けをかけたドイツ兵の放った弾丸に倒れる。

ラスト、橋を渡ろうとするドイツ戦車タイガーに拳銃を向け撃つ、瀕死のミラー大尉。

と、ミラーに砲身を向けたタイガー戦車が爆発擱座。

味方のP-51戦闘機の援軍の到来だった。

戦いが終わり、かつてミラーが情けをかけたドイツ兵も手を上げあげ投降してきた。しかしアパムが表情を変えずに射殺する。

すでに命が尽きかけているミラー大尉の元へ、ライベン一等兵とライアン二等兵が、駆け寄る。

ミラーは消え入りそうな声でライアンにメッセージを渡す。

「ムダにするな。しっかり生きろ」

その言葉を最後に、震えの止まったミラーの手。

ライアンの顔がアップで写り、その表情は映画冒頭の老人の顔にオーバーラップし、変わる。

、、、と、そんなストーリーです。

冒頭のノルマンディのオマハビーチ上陸激戦描写は映画史に残る30分です。




『プライベート・ライアン』解説レビュー・心の垢を掻き出すドラマ

『プライベート・ライアン』の映画としての最大の魅力は、戦闘シーンは当然のことさておいて(後で書きます)、極限が引っ張り出す人間の心を描いたドラマだということでしょう。

戦場という極限が、登場人物の心の内を、垢のようにポロポロと掻き出します。

例えば、こんな感じ。

・トーチカ制圧後、意味がわからない流れ出る嗚咽に戸惑うユダヤ人兵士、メリッシュ二等兵。

・ミラー大尉の理不尽な命令と言動にキレてしまう、ライベン一等兵

・常に「神よ」と呟きながら、命を奪う引き金を引く、ジャクソン狙撃手。

・姪に似ている、と、避難民の子供に手を差し伸べるカパーゾ二等兵。

・子供のころの母親への態度を悔いているウェイド衛生兵。

・「戦う意味」を意外にもポロリと話す、古参兵のホーバス軍曹。

・そして、ミラー大尉の過去と未来への言葉たち。

そんな彼らのセリフの一つ一つが、繰り返し見れば見るほど、いろんなことを語りかけてくる映画です。




『プライベート・ライアン』考察1・内臓が….半身が…グロいけど、決して下品じゃない

冒頭20分の戦場シーンの白眉

冒頭20分のオマハビーチ上陸シーンは、とにかく絶句です。映画史に刻まれる戦場描写です。「観てください」としか言えません。

まんま観客は、銃弾が雨あられとふる浜辺に放り込まれます。

実際にノルマンディ上陸作戦を体験した元兵士にこのシーンを試写で見せたところ、「音がまさに戦場のそれと同じだった」と語ったといいます。

それまでの戦争やアクション映画で表現されなかったチャレンジが、この映画にはいくつもあります。

例えば、こんなシーン。

「海中に落ちた兵士に航跡を引きながら襲う銃弾」

「水中を進むシーン、カメラが水中を進む兵士の目となり、水面と水面下で音が変わる」

「至近距離で砲弾が炸裂すると、耳が聞こえなくなる」

「大口径対空砲が水平射撃され、たまに当たった兵士の頭が消え飛ぶシーン」

「戦場を知らないアパム伍長のライフルの微妙な持ち方を嫌う兵士たち」

「至近弾着弾で半身が失われるカット」

…と、キリがないのでこの辺にしておきますが、今のアクション映画や戦争映画ではよく使われるようになったそんな表現は、実は『プライベート・ライアン』から始まったと言っても良いのです。




『プライベート・ライアン』考察2・ムカつく?イライラする?嫌われるアパム伍長とは一体何者か?

「ライアン二等兵救出命令」を受けたミラー大尉は、一人の事務方兵士を通訳として部隊に引きいれます。彼の名はアパム伍長です。

ネット上の口コミを見ると、「嫌い」「見ててイライラする」「ムカつく」という言葉が投げかけられるアパムですが、なぜ観客から嫌われるのかを考察してみます。

アパム伍長は生粋の事務方軍人ゆえ、リアルな戦場のドンパチを知りません。

それゆえに激戦を潜り抜けてきた他の兵士たちとの間には見えない壁があります。それは劇中でもあちこちで表現されています。

その行動や口にする言葉は、歯痒すぎたり、的外れだったり、臆病に見えたり、映画の観客をもイライラさせる存在なのです。ぼくも当初はアパムの役回りにイライラしていました。

ドイツ軍捕虜に対する扱いに対し、戦争法を引き合いに丁寧な扱いを要求したり、激戦の中で身がすくみ動けなくなってしまったりと、本当に情けない。とにかくそんな役回りがアパム伍長です。

では、なぜ、そんなナサケナ系で理論派のアパム伍長が映画に中に重要人物として登場しているのでしょう?

理由は一つしかありません。

彼の存在は、映画を観ている「ぼくら観客」の生き写しなのです。

今も世界のあちこちで戦争がありますが、ニュースをみては、ぼくらはこう思います。「ひどいなあ」「許されないことだ」「あちらの言い分は間違っている」

そしてテレビの中では着飾ったコメンテターや評論家、学者がまことしやかに論説を並べ立てます。

そうなんです。アパム伍長は、戦争をアタマでしか理解できていないぼくらの象徴であり、シュールで理不尽な戦場に対し、安全なところから正論を打ち込むマスコミコメンテターや専門家の象徴なのです。

 




『プライベート・ライアン』考察3・下部からさす光のハレーションの謎

そんなアパム伍長ですが、クライマックスの激戦の果てに、縁があったドイツ兵を射殺します。

そして、それまではぼくらと同じ顔つきだったアパムの顔が、無感情が張り付いたような「兵士の顔」になります。

このシーンにおいて「映像下部から光が差し込んだような独特の効果」が使われています。

実はその効果、前半のオマハビーチ激戦の最後、トーチカを制圧した兵士たちが「呆然となり我を失うシーン」にも、同様に使われているのです。

ぼくは、なんでそんな「光が下から差し込む表現」が使われているのだろう?と気になりつつ、そしてまたモノクロームのオーロラのような光に惹かれていたのですが、使われた意味が今ひとつわかりませんでした。

しかし今回の数十回目の映画再見において、アパム伍長が変わるそのシーンで、ようやくわかった気がしました。

ちなみに撮影監督のヤヌス・カミンスキーの言葉によると、そのハレーションは「レンズを加工してあえてドキュメンタリー風の画質にしたことによって生まれた効果」だ、と言っています。

ですが、ぼくはあえて次のように思いたいのです。

『あの光は、「善悪の判断することさえ意味をなさない戦場の無常」を表すための「ハレーション」だった』と。




『プライベート・ライアン』への批判は?

結構「グロい」、とか「気持ち悪い」「アパム伍長がクズすぎる」と言った批判的な声も聞かれる『プライベートライアン』ですが、ぼくはそれらの批判は、映画の表面だけを見ての声だとおもいます。

確かにサラッと流し見した印象を「グロい」「気持ち悪い」「アパムにイライラ」と言葉にしたのもわかります。

しかし、二度、三度と映画を繰り返し見ると、それらのシーンや設定は物語を進めるため、絶対的に必要があって描かれていることがわかります。

『プライベートライアン』一人の兵士を救出するために部隊が命を投げ出すシュールなテーマです。そのナンセンスさを観客に伝えるには、戦場のグロさや気持ち悪さをきちんと描くことが必要です。嘘っぽい戦場描写ではナンセンスなシュール感が伝わらないのです。

アパムへの批判に関しては、前にも述べたとおりです。イライラするのは、自分自身を重ねて鏡のように観てしまうからなのです。ぼく自身も、最初に見た時はそうでしたから。

そんな批判的な部分も、繰り返し見ることで視点が変わっていく映画が『プライベートライアン』です。




『プライベート・ライアン』ぼくの評価は?

点数は満点五つ星

最初に書いてしまいましたが過去数十回、繰り返し観てしまう映画ということで、評価に代えます。。満点以外に考えられません。

「ヘコんだ時に見る映画」と書きました。

この映画は、「凄惨」でもあります。なので観るにはエネルギーが必要な映画だと思います。

それでも、プレイボタンを押すのです。

そしてぼくが繰り返し観る意味は?ミラー大尉・最後のセリフがその答え

ぼくが『プライベートライアン』を繰り返し観るその理由は、ラストのミラー大尉がライアン二等兵に語りかける短い言葉を聞きたいがため、です。

その最後のセリフは、

「ムダにするな。しっかり生きろ」

映画ではライアン二等兵救出に向かう途上、一人また一人と命を落としていきます。

このラストの一言「ムダにするな。しっかり生きろ」を聞くと、ヘコんでいた自分が情けなくなり、同時に、人は一人で生きてると思っているけど誰かにどこかで支えられてるんだろうな、、ライアン二等兵のように…と思うのです。

この映画を繰り返し見る意味は、その一点につきます。

というわけで、『プライベートライアン』は「ムービーダイアリーズ」殿堂入り♩決定の一本です。




『プライベート・ライアン』スタッフ・キャスト紹介

⚫︎スタッフ 監督:スティーブン・スピルバーグ/脚本:ロバート・ロダット/撮影:ヤヌス・カミンスキー/編集:マイケル・カーン/音楽:ジョン・ウィリアムズ

⚫︎キャスト ミラー大尉=トム・ハンクス/ホーバス軍曹=トム・サイズモア/ライベン一等兵=エドワード・バーンズ/ジャクソン狙撃手=バリー・ペッパー/メリッシュ二等兵=アダム・ゴールドバーグ/カパーゾ二等兵=ヴィン・ディーゼル/ウェイド衛生兵=ジョバンニ・リビージ/アパム伍長=ジェレミー・デイヴィス




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『プライベートライアン』が『午前十時の映画祭14』でリバイバル上映されます!

『プライベートライアン』を大スクリーンで観られますよ!

『午前十時の映画祭14』で2024年9月から10月にかけて上映されることが決まったようです。

『午前十時の映画祭14』は全国映画館で開催されますが、上映館によって、上映日や料金が異なるようです。詳しくは『午前十時の映画祭14』公式サイトをチェックの上、上映館に確認してくださいね。

スクリーンで観る『プライベートライアン』は音も迫力もテレビモニターとは別世界です。ぜひこの機会に!






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