『マウトハウゼンの写真家』ネタバレ解説|実話モデル・マウトハウゼン収容所の真実・感想評価

実話・社会派映画

映画『マウトハウゼンの写真家』
ネタバレ解説|実話モデル・マウトハウゼン収容所の真実・感想評価

このレビュー記事にはネタバレが含まれます。またあくまで一個人の感想です。映画をご覧になる方はその点を十分ご留意の上お読みください。


「一枚の写真が、戦争犯罪を暴く証拠になる」

『マウトハウゼンの写真家』は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの強制収容所で実際に起きた出来事をもとにした作品です。

主人公フランチェスコ・ボシュは、収容所内で撮影された大量の写真を命懸けで持ち出しました。

その写真は戦後、ニュルンベルク裁判でナチスの犯罪を証明する重要な証拠となります。

映画としては演出に粗さもあります。しかし実話として見たとき、この作品が伝えようとしている歴史的価値は決して小さくありません。

本記事では映画のネタバレを交えながら、実在モデルやマウトハウゼン強制収容所の歴史、そして写真が歴史を変えた理由についても解説します。




『マウトハウゼンの写真家』解説〜どんな映画?

第二次世界大戦中、オーストリアのマウトハウゼンにスペイン人を収容する強制収容所がありました。

そこに収容されていた1人の写真家フランチェスコ・ボシュは、密かにナチの残虐行為を収めたネガフィルムを集め、持ち出そうとします。

映画では、写真の持つ”記録することの意味”、抵抗する武器としての写真の意味、ホロコーストの実態が問われる映画になっています。

『マウトハウゼンの写真家』スタッフ・キャスト

スタッフ

担当 名前
監督 マル・タルガローナ
脚本 ロジェール・ダネス アルフレッド・ペレス=ファルガス
製作 カルロス・フェルナンデス/ホアキン・パディージャ ほか
音楽 ディエゴ・ナバーロ
撮影 アイトル・エチェバリア

登場人物・キャスト(配役名/立ち位置)

登場人物 ドラマでの立ち位置・役割 俳優
フランシスコ・ボシュ 主人公。命を賭してナチスの犯罪を記録したスペイン人写真家 マリオ・カサス
パウル・ラッカー SS将校。暴力と権力を体現する加害者側の象徴 リヒャルト・ファン・ウェイデン
ティナ 収容所近隣に暮らす女性。外の世界と人間性を象徴する存在 ヴィクトリア・ゲラ
ヴァレンティン・ゴンサレス 収容所仲間。抵抗と連帯を支える同志 アラン・エルナンデス
フォン・シュミット ナチス高官。「権力の顔」 チャールズ・ダンス



『マウトハウゼンの写真家』のあらすじは?ネタバレ閲覧注意

かつて仕立て屋だったスペイン人ボシュは、国籍を剥奪され、ナチスドイツが非道の限りを尽くしている「マウトハウゼン強制収容所」に送られていた。

写真の腕を買われ、ナチスの写真担当将官の助手として労働に従事しているボシュ。

撮影と現像の腕が立つ彼は、他の将官からも目をかけられるが、ある時、ナチスの蛮行が撮られたネガフィルムを見つけ、仲間たちとともに盗み出す。

収容所での残虐な行為が記録されたネガフィルム。迫害が強まる中、ボシュたちはそのネガフィルムを白日の元にさらすことができるのか

第二次世界大戦にオーストリアに実際に存在した「マウトハウゼン強制収容所」が舞台。以下、ネタバレとなりますが、事実に基づいたストーリーですので、記しておきます。

(知りたくない方はスルーしてくださいね。)

ラストは、奇跡のようなタイミングで収容所は解放されます。

主人公たちは命を繋ぐことができ、エンドロールとなります。




『マウトハウゼンの写真家』解説

モデルとなったフランシスコ・ボワは実在した?

主人公のモデルとなったフランシスコ・ボワ(ボシュ)は、実在したスペイン出身の写真家です。

スペイン内戦では共和国側に加わり、その後フランスへ亡命しました。しかし、ナチス・ドイツのフランス侵攻後に捕らえられ、マウトハウゼン強制収容所へ送られます。

収容所では写真の技術を生かし、SSが撮影した写真を現像・管理する写真部門で働きました。

そこでボワが目にしたのは、収容所を訪れたナチス高官の姿や、囚人の死、処刑などを記録した大量の写真でした。それらは、ナチス自身が撮影した記録であり、後に犯罪を立証しうる証拠でもありました。

敗戦が近づくと、SSは不都合な写真やネガの廃棄を命じます。

しかしボワは一人で行動したわけではありません。写真部門で働く仲間や、収容所内の抵抗組織、さらに収容所の外にいた協力者たちの力によって、写真やネガの一部が密かに隠され、破棄を免れました。

戦後、ボワはニュルンベルク裁判などで証言台に立ち、残された写真を示しながら、収容所を訪れたナチス幹部やマウトハウゼンで行われた犯罪について証言しました。

つまり、この映画が描いているのは、一人の英雄が写真を盗み出した物語だけではないのです。

多くの人が命を危険にさらしながら協力し、加害者が消そうとした記録を収容所外に持ち出し、未来へ託した…すなわち集団による抵抗の物語でもあるのです。

なお、映画には人物や出来事を整理した脚色が含まれています。基本となる出来事は史実に基づいていますが、すべての場面がそのまま実際に起きたわけではありません。

ボシュは、1951年に若くして亡くなっています。

マウトハウゼン強制収容所とはどんな場所だったのか

マウトハウゼン強制収容所は、ナチス・ドイツがオーストリアを併合した1938年、オーストリア北部に設置した強制収容所です。

この土地には花崗岩の採石場があり、収容された人々は石を切り出し、重い石材を階段の上まで運ぶ過酷な労働を課されました。映画にも描かれる採石場と階段は、「死の階段」としてマウトハウゼンを象徴する場所です。

しかし、ここは単なる強制労働施設ではありませんでした。

飢えや病気、暴力、処刑によって多くの命が奪われ、ガス室も使用されています。囚人を働かせながら死に追いやるという、ナチスの収容所制度の残酷さが凝縮された場所でした。

そして、この収容所にはSSが撮影した写真を現像・管理する写真部門がありました。

主人公ボシュはそこで働いたからこそ、収容所内で行われた犯罪の実態を目にします。写真は本来、ナチスが自分たちの業務を記録するために撮影したものでした。しかし敗戦が近づくと、それらは消し去るべき犯罪の証拠へと変わります。

映画『マウトハウゼンの写真家』が描き出すのは、この場所の持つ悲惨さ、非人道さだけではありません。加害者自身が残していた記録を、囚人たちが命懸けで守った物語でもあるのです。




劇中に登場する「夜と霧指令」とは?

劇中で触れられる「夜と霧指令」とは、1941年にナチス・ドイツが出した秘密拘束の命令です。

占領地でドイツの支配に抵抗した人物などを密かに拘束し、ドイツ国内へ移送して、その居場所や生死を家族にも知らせないことを目的としていました。

捕らえられた人が、まるで夜の霧の中へ消えたように消息を絶つことから、「夜と霧」と呼ばれます。

映画の中心となる制度ではありませんが、人を社会から切り離し、その存在そのものを消そうとした、ナチスの支配の仕方を理解するため、知っておくと良い言葉です。

「夜と霧指令」で捕らえられた人たちの行き先の一つが、『マウトハウゼン強制収容所』だったわけです。




なぜ「スペイン人」がドイツの強制収容所にいたのか?

『マウトハウゼンの写真家』を観て、最初に疑問に思うのは、なぜスペイン人たちがオーストリアにあるナチスの強制収容所へ送られたのか、ということです。

その背景には、第二次世界大戦の前に起きたスペイン内戦があります。

1936年、スペインでは、共和国政府とフランコ将軍率いる反乱軍との間で内戦が始まりました。フランコ側はナチス・ドイツとイタリアの支援を受け、1939年に勝利します。

フランコ政権による報復や迫害を恐れた共和国側の兵士や市民の多くは、国境を越えてフランスへ逃れました。主人公のモデルとなったフランシスコ・ボワも、共和国側で戦ったのち、フランスへ亡命した一人です。

しかし、逃げた先のフランスも安全ではありませんでした。

1940年、ナチス・ドイツがフランスへ侵攻すると、亡命していたスペイン人の多くがドイツ軍に捕らえられます。フランコ政権からも自国民として保護されなかった彼らは、事実上「国を持たない者」として扱われ、マウトハウゼンをはじめとする強制収容所へ送られました。

映画に登場するスペイン人囚人たちは、偶然そこに集められたのではありません。

故国で敗れ、フランスへ逃れ、さらにナチスによって捕らえられた人々です。戦争と独裁によって、逃げた先までも追いつめられた人たちだったのです。

この背景を知ると、ボシュたちがネガを守ろうとした行動は、単なる脱出劇ではなくなります。

彼らは、自分たちを見捨てた国家と、自分たちを消そうとしたナチスに対して、「私たちはここにいた」「ここで何が行われたのかを消させない」と、写真によって証言しようとしたのではないでしょうか。




『マウトハウゼンの写真家』ぼくの感想

ちぐはぐな演出に乗り切れず

『マウトハウゼンの写真家』は、実話を元に描かれた映画です。しかし、どうも全体通してチグハグな印象を受けました。

どういうことかというと、ところどころで、「映画のトーン」が変わっているのです。

例えば、前半は収容所内のひどい状況が結構淡々と描かれます。悲惨な実態を観客に伝える必要がありますから、それはそれで良いでしょう

ところが、盗んだフィルムを隠すシーンで、なぜか映画「大脱走」的な妙に明るいノリに変わってしまう。音楽までがマーチ的なノリです。ここでぼくはくじかれました。(『大脱走を揶揄しているわけではありません。『大脱走』は傑作です。悪しからず)

「この映画はシリアス路線?それともハラハラ系???」

と、どっちつかずの演出にぼくは乗り切れませんでした。

また、冒頭から一人の少年が、非常に大切な役回りで登場します。

しかしその少年も、今ひとつ存在感が薄いままラストまで進んでしまいます。

さらにはネタバレになりますが、エンドロールに、当時撮られた写真が映し出されます。これが非常に念押し解説的で気持ちが離れてしまいました。

取り上げた本テーマは良いのですが、、、

「真実など存在しない。視点こそ、すべてだ」

ぼくは「セリフ、言葉(翻訳)の理解って、本当に難しいな」と、見終わった後、思いました。

というのも。『マウトハウゼンの写真家』の劇中、ドイツ軍軍人の写真家の語るセリフに「真実など存在しない。視点こそ、すべてだ」という言葉があります。

ぼくもこの言葉を哲学的、絵画的に考えるなら「まったく、その通り」と、頷きます。

例えば、1つの物事を見るときに、どういう立場に立っているかによって、見方は変わってきます。

絵を描くときに、最も大事なことの1つにも、「視点」があります。

どういうアングルで描くか?によってその絵はガラッとかわてきます。

薔薇一輪を描くにしても、真上から描くか、横から描くか、どんな傾き加減を選ぶかで、薔薇の絵は変わってきます。

「視点こそ、すべてだ」という言葉を、ナチスドイツ側が言うか、迫害されている側に言わせるか、で、映画の目指すところは違ってくるのです。

繰り返し言いますが、この映画の中では、ドイツ軍人に言わせている。

そのドイツ軍人の発した言葉に哲学的な意味は、多分ありません。

あくまでドイツ軍人は「レンズを通し写真に写ったものこそが全てだ。フィルムに焼き付けられていないものは、存在しないも同然なのだ」と、無常冷徹な意味で言わせたんだと思います。

その後、ナチスドイツの将官たちは、ネガ焼却命令をだします。もちろんその理由は、収容所での残虐な仕打ちを「なかったこと」にしようとしたのです。




戦争の残酷さは戦場だけじゃない

とはいえ、『マウトハウゼンの写真家』は凄惨な戦争の裏側を見せてくれた映画です。若い世代の方に見て欲しい映画だなあ、と思いました。

「人間って、国家って、戦場の後ろ側で、こんな残虐非道なことまでしてしまうものなんだ、、、」と教えてくれる映画でした。

『マウトハウゼンの写真家』ぼくの評価は?

ぼくの評価は、星二つ半⭐️⭐️✨です。

チグハグ感のある演出に引いてしまい、映画として見るなら、私は決して傑作とは思いませんでした。

人物描写はやや平板で、緊迫感も『シンドラーのリスト』や『関心領域』の持つ圧倒的没入感には及びません。

しかし、この映画には他作品にはない、大きな価値があります。

それは「残虐行為の記録写真」という動かぬ証拠をもう一人の「主人公」にしたことです。

歴史は、勝者によって書き換えられることがあります。

けれど写真だけは、その瞬間を嘘偽りなく記録します。

だからこそナチスは証拠を焼き払おうとし、逆にボシュたちは命を懸けてネガを守ったのでしょう。

この映画を観終えてぼくは、「歴史の記録を残す人間もまた、戦っている」ということを改めて感じました。

『マウトハウゼンの写真家』配信

Netflixで配信中です。



『マウトハウゼンの写真家』スタッフ・キャスト

監督/マル・タルガローナ 脚本/ロジェール・ダネス アルフレッド・ペレス=ファルガス

出演/マリオ・カサス、リシャルト・ファン・ヴァイデン、アライン・エルナンデス

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ナチスの収容所犯罪を知る歴史的名著に、ヴィクトル・フランクルの『夜と霧』があります。アウシュビッツ収容所に囚われ、奇跡的に生還した心理学者が書いた本です。

『夜と霧』、オススメ本です。



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