『ブロードウェイ・ブロードウェイ』レビュー(原題Every Little Step)
こんにちは、映画好き絵描きのタクです。今回レビューで取り上げる映画は、ある有名なブロードウェイミュージカル のオーディション裏側をとらえたドキュメンタリー映画です。
そのミュージカルとは、『コーラスライン』。
この記事を書いている今現在2025年10月、最新演出のアダム・クーパー主演『コーラスライン』が日本でも公開され、東京のシアターHで千秋楽を迎えます。
この映画はコーラスラインのオーディションを受けるダンサーたちに肉薄した、まさに「コーラスラインのコーラスライン」。
ダンサーたちの踊りにかける情熱と苦悩から、制作陣の苦しい選択までを見ることができる貴重な映像といってよいとおもいます。
それでは『実話ドキュメンタリーコーラスライン』『ブロードウェイ・ブロードウェイ』のあらすじ、見どころを紹介してみます。
解説〜『ブロードウェイ・ブロードウェイ』はどんな映画?
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』(原題:Every Little Step)は、2008年公開のアメリカ・ドキュメンタリー映画です。
舞台は、ブロードウェイの大ヒットミュージカル“コーラスライン”の16年ぶりの再演に向けたオーディション現場です。
応募者3000人以上、選ばれるのはわずか19名。選抜までの期間はわずか8ヶ月。その間を監督James D. SternとAdam Del Deoが切り取りました。
舞台芸術の“選ばれる者/選ばれない者”を真正面から取り扱っています。
そのことは、ミュージカルやダンスに関心のある人だけでなく、勝負の世界に身を置いたことのある人であれば心に深く刺さるであろう作品となっています。
また、「夢を追う若者たちのリアルな声」はもちろんのこと、「製作陣のシビアかつリアルな視点」が見られる点がこの作品の推しでもあると思います。
解説〜ミュージカルコーラスラインの歴史
はじめにちょっとだけミュージカル・コーラスラインの歴史を振り返ってみましょう。
コーラスラインのマイケル・ベネット振付・演出による初演は、1975年です。これがファーストバージョンの『コーラスライン』です。
ファーストバージョンは、1990年4月28日の千秋楽まで、公演回数は6137回。当時最長のロングラン公演(15年間)となりました。
1976年のトニー賞で、最優秀ミュージカル賞をはじめ9部門を受賞しています。
1985年にはリチャード・アッテンボロー監督・マイケル・ダグラス主演で映画版『コーラスライン』が制作公開されました。
舞台ミュージカルとしてのリバイバル公開は2006年です。
2006年10月5日からブロードウェイの・ショーエンフェルド劇場 (Schoenfeld Theatre) でセカンドバージョン演出で公開され、759回の公演を重ねて2008年8月17日が千秋楽となっています。
この、2006年セカンドバージョンのダンサーオーディションの様子がカメラに収められていました。そして、ドキュメンタリー映画として編集され、日本では2008年に公開されました。本作品『ブロードウェイ・ブロードウェイ』がこれにあたります。
サードバージョンは2023年、イギリスで初演です。アダム・クーパーがザック役を演じて話題になっている作品。日本でも2025年に来日公演があったばかりです。
ちなみに来日公演は、1986年、2009年、2011年、2025年の計4回されています。
また日本国内では劇団四季が『コーラスライン』をレパートリーとして加えています。こちらは日本語バージョンです。
劇団四季の『コーラスライン』でコーラスラインを知った方も多いのでは?と思います。
『コーラスライン』の魅力とは?
『コーラスライン』の歴史を簡単に振り返ってみましたが、3つの演出振付でリバイバルされ、映画も作られ、舞台裏ドキュメンタリーまでが世に出るミュージカル作品は、あまり聞きません。
なぜ『コーラスライン』はそれほどまでに人々に愛されているのでしょう?
たぶん、オーディションに賭け、不合格となったり、一度合格しても次の選考が待っているというダンサーたちの苦悩、姿に心が共鳴するからではないでしょうか?
舞台の『コーラスライン』は、まさしく誰もが持っているコンプレックスや悩みをダンサー一人一人がぼくらにかわって告白し、赦しと感謝を得る作りになっています。
バレエやダンスが好きな方々はもちろんのこと、踊りが苦手だとかダンスなんて興味もないというひとでも、キャストのセリフや歌詞が心のどこかに響くからではないでしょうか?
少なくともぼくは、ダンサーたちの踊りはもちろんのこと、告白するセリフの数々、中には歌詞になり歌われる言葉たちが好きです。
一人一人のエピソード全てが心に迫り、自分を前に進めてくれる起爆剤となっています。
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』はどんな映画?
そんな『コーラスライン』のオーディション舞台裏が撮影されていたこと自体が貴重です。
夕暮れ時のニューヨークの摩天楼から雑踏にカメラが移るとそこには映画『コーラスライン』さながら、劇場の外に列を作るダンサーたちがいます。
そのストリートで車の騒音に負けじと、声を張り上げてダンサー志望の行列にオーディションの注意点を伝えている女性選考スタッフ。その声が、緊張感を高めます。ぼくは、その声に自分自身がその列に並びオーディションを受ける錯覚にさえ陥りました。
カメラは劇場内に入り、「five six seven eight!」の声に合わせて、ステージ上で群舞するダンサーたちを捉えます。
次々と数が絞られてゆくダンサーたち。
回を重ねてゆくオーディションの様子や、ときにはダンサーのプライベートまでを追うカメラフィルムに選考側の肉声が加わり、配役が決まる最終選考までを映画は追っていきます。
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』はどんな映画?と問われたら、こう答えます。「まさに実録コーラスラインです。」
『ブロードウェイ♩ブロードウェイ』映画のあらすじ
では、そんな『ブロードウェイ・ブロードウェイ』のあらすじを紹介してみましょう。
あらすじ〜途中まで(ネタバレなし)
舞台はニューヨーク・ブロードウェイ。
「コーラスライン」の再演が決定し、そのキャストオーディションに3000人以上が集まる。
応募者たちは年齢も国籍もバックグラウンドも様々だ。
舞台の神話的存在が再び蘇るという期待とプレッシャーの中、応募者たちは自らの身体と人生を賭けて挑む。
彼らに課されるのは、ただ踊れることだけではない。
歌、演技、ダンス、その場で瞬時に匂い立つプロとしての存在感。
審査スタッフ=演出家・キャスティングディレクター・振付師の目は、容赦ない。
その目は、ダンサーたちのステージ上の一瞬の表情、センス、呼吸、演技力を見抜く。
しかし、皆一つの目標に向かっている――「コーラスラインの舞台に立つこと」。それが叶うかどうか…
画面の向こうから緊張が伝わってくる…
ネタバレあらすじ・結末まで
※以下は結末に触れていますので、「ネタバレ大丈夫」という方だけお読みください。
オーディションの末、ついに19名のキャストが選ばれる。
合格が発表された瞬間、歓声と涙が交錯する。
選ばれた者たちは、晴れ晴れとした顔つきで舞台に立つ準備を始める。
選ばれた者にとっては“夢が叶った”という瞬間だ。
一方、選ばれなかった者たちは、肩を落とし、静かにその場を去っていく。スクリーンには、それぞれの“その後”も映し出される。
ここまで見て、この映画が切り取っているのはむしろ“選ばれなかった”人たちの物語だ、ということがわかる。
舞台に立てないという選考結果を、どう受け止めるか?観客として、それを受け止めることこそがこの映画の重要なメッセージになっている。
最後には、舞台の幕が開くシーンで、選ばれた19名がステージに立つ。その姿は確かに“勝者の瞬間”として眩しく映るが、その影には数千の夢があったことを観客に思い出させる。
画面は光と影を同時に映し出し、「舞台に立つ」とは何かを問いかけて終わる。
ぼくの感想です
見終わって感じたこと、それは「ミュージカル嫌いでもいい、自分の人生を生きてる1人でも多くの人にこの映画を見てもらいたい!」という意外な感情でした。
別にミュージカルが好きだから「見て!」とオススメするのではありません。
ぼくは、このドキュメンタリー映画を見て、「生きることは、ダンスのオーディションと同じなんだ」と腑に落ちたのです。
腑に落ちたと書きましたが、どこが、腑に落ちた、のか?を書いてみます。
それは、オーディションで落ちたダンサーたちも、人としての輝きは、選ばれた者たちとなんら変わりなかった…という点です。
舞台芸術に生きていないぼくらにとっても、生きていくということは、場は違えどオーディションの繰り返しと言っていいでしょう。
サークルの発表、部活、受験、就職、仕事の仕方、プレゼン、営業、日々の業務…すべからく、これらは選外に気落ちしでもまた挑んでゆくダンサーたちのオーディション風景とそんなに違いません。(ダンサーたちには、踊った後に、結果がすぐに発表されるというシビアさはありますが)
この映画は、映画の観客を「ミュージカルの舞台を観る側」から「舞台に立とうとするダンサーを見る側」へと、視点の転換をはかります。
僕ら観客は、華やかなショーを見て“ああカッコいいな、なんて素敵なんだ”と拍手します。
でもその裏には、選考外となったダンサーたちの、数え切れない日にわたる練習、悩み、そして“選ばれるかどうか”という極限の緊張が、数百倍あることがわかるのです。
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』はそんな“舞台の裏側”を、決してショーアップせず、淡々と、そして真摯に映しています。
夢を追うということは、必ずしも報われるわけではないという現実。その“報われなさ”を恐れず映している点が、この作品の強さでしょう。
僕自身の仕事は「絵を発表する」「絵を売る」「絵の発注を受ける」ということです。
先にも書きましたが、「舞台に立つ」という経験とぼくらの仕事はそう変わらないと感じています。スポットライトと拍手はないけれど。
観られている”という緊張や、この一票で決まるという恐怖を、この映画をみて、あらためて思い返していました。
選ばれた瞬間の歓声も、選ばれなかった瞬間の沈黙も、どちらも“瞬間”ではないのです。何千時間もの積み重ねの中の一コマだなのです。
ヘンな話、むしろ大切なのは、その舞台に向かって自分がどれだけ真摯に向き合ったか、ということ。
勝つ/負けるを越えて、挑んだ“その時までの時間”が、観た後の僕らの心に残るんです。
この映画を観終えて、「自分は何と戦っているのか」「この舞台(人生・仕事・趣味)に、どれだけの積み重ねがあるのか」を静かに考えさせられました。
ミュージカルやダンスがテーマではありますが、それだけに留まらず、夢・挑戦・挫折・再起といったテーマを持つすべての人に響く映画だと思います。
僕がもし一つだけあえて注文をつけるなら――“もっと選ばれなかった人たちのその後”も、もう少し深く描いてほしかった。…でも、それはあくまで僕の観た後の余白です。
映画は“選ばれる/選ばれない”のその瞬間を、これ以上ないほど鮮烈に切り取っています。
というわけで、この映画は全ての生きる人にはもちろんのこと、「舞台の裏側を知りたい」「夢に挑む人たちのリアルを見たい」という方には特に強くオススメします。
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』は、観終わったあと、つい自分の“舞台”(=仕事)に戻りたくなるような、そんなエネルギーをもっています。
次の生があるとして、もし“観る人生と/出る人生”のどちらかを選べ、と言われたなら、僕は間違いなく「出る側」と答えたいです。
まとめと評価
『ブロードウェイ・ブロードウェイ』は、煌びやかな表舞台の陰にある、無数の“脚”と“心”と“選ばれるかどうか”の重みを、静かに、そして熱く描いたドキュメンタリーでした。
応募者3000人、最終候補19人という数字が示す通り、絶望と希望の狭間が炙り出されます。
舞台に立つということは単なる“ステージに上がる”ことではなく、「観にくる観客に、スタッフに全てを捧げる」ことでもあるんですね。
逆にぼくら観客は、演者が捧げたその時間にこそ、敬意を払わなければならないんですね。
舞台好きな人も、挑戦を目前に控えた人も、あるいは「観る側」で満足していた人も――この作品『ブロードウェイ・ブロードウェイ』を観ると、視点が変わると思います。
もし「自分の舞台」に向かって立とうとしている人がいるならば、ぜひこの映画を観てほしいです。
そして、映画の中で選外になっていった大勢のダンサーたちのエネルギーは、チャレンジする人の次のステージを支える柱の一本になるように、ぼくは思っています。
ぼくの評価は星四つ半🌟🌟🌟🌟✨
いい映画をありがとうございました。
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