『ガルシアの首』感想考察レビュー
今回、ムービーダイアリーズでレビューする作品は『ガルシアの首』。1974年のアメリカ映画です。
監督はバイオレンスの巨匠サム・ペキンパー。初めてみたのは中学生の時でした。ちょうど公開時です。
中学小僧には当然理解が難しい内容でしたが、それまでみたこともないドラマの展開に、訳がわからないなりに、首根っこ掴まれ引っ張られた感じの映画でした。
この映画は、今にして思えばぼくの映画ライフへの道標となった一本といってもいいです。
ではそんな『ガルシアの首』をレビューしてみましょう。
『ガルシアの首』解説
『ガルシアの首』がどんな映画か?まずは簡単にその点を書いてみます。
一人のしがない男が金のために、悪党の首争奪戦にくわわり、その果てに待つものは…というクライムサスペンスです。が、ヒットシリーズ『ジョン・ウィック』や『ミッションインポッシブル』といった21世紀のキレキレアクション映画と同列に見てはいけません。
この映画は、定石破りが定番、そしてハッピーエンドに背を向けたアメリカンニューシネマの流れをくんでいますので、ガンアクション連発のスカッとムービーではないのです。
非常にクセある作品だと思います。
でもハマると忘れられない…ぼくはウイスキーが好きですが、アイラモルトのような、そのクセを知ったらのめり込んでしまう複雑な味の映画です。
『ガルシアの首』あらすじは?
メキシコの有力者が、娘を孕ませた男に懸賞金をかける。男の名はアルフレッド・ガルシア。生死を問わず、首を持ってきたものには100万ドル。金目当ての男たちがガルシアの首を探し始める。
酒場のしがないピアノ弾きベニー(ウォーレン・オーツ)は、現状からの脱出と一攫千金を夢み、同じく酒場の歌い手の愛人から「ガルシアは既に死んでいる」ことを聞き出し、愛人をつれ、墓場のある町へと旅立つ。
途中、結婚の約束を交わす二人。静かな幕間。
しかし、墓場でガルシアの遺体を掘り始めたベニーは、何者かに頭を殴られ昏倒。愛人も殺されてしまう。
首を奪い返すべく後を追ったベニーの行く手にまつバイオレンス。そしてラスト、首を取り返したベニーを待つ運命は、、、?
…といったストーリーです。
『ガルシアの首』僕の感想
スローモーションの美学
サム・ペキンパー監督は、スローモーションを渋く使ったバイオレンス表現で名を世に広めました。
今ではアクション映画に普通にスローモーション使われています。というか、最近はもうCGも使いつつ、めちゃくちゃバージョンアップ。観客を驚かせるのが目的のようで、ペキンパーの時代とは別物になっています。
しかし、細かく刻んで編集でつなぐ独特のスローモーション描写は、ペキンパーならでは。今改めて見ると、ワビサビの世界まで昇華させています。
本作品でも、クライマックスの銃撃戦にそのトーンを見ることができます。
ちなみにペキンパーが得意とするそのスローモーション描写は何からインスピレーションを得たのでしょうか?
黒澤明からサム・ペキンパーが学んだもの
ちょっとだけ寄り道します。
ペキンパーが何からスローモーションの効果的なカットのヒントを得たか?それは黒澤明監督の『七人の侍』だと言われています。
『七人の侍』の前半で、志村喬演ずる島田勘兵衛が、7人の侍たちをスカウトするシーンがあるのです。その中で、一人の悪党が子供を盾に一件の家に立て篭もる流れがあります。村人たちが困っているのを見かねた勘兵衛がその家に入っていき、悪党を倒すシーンがあるのです。
倒すといっても家の中に勘兵衛が入っていき、程なく悪党がよろよろと戸外に現れ、そしてばたりと”スローモーション”で、倒れます。殺陣のシーンではありません。
その”ばたりとスローモーションで倒れるシーン”が、唯一、『七人の侍』全編の中でスローモーションが使われているカットなのです。観るとわかりますが、非常に効果的な使われ方です。
サム・ペキンパーはそのシーンを観て、スローモーションを使った効果的なカッティングをインスパイアされた言われています。
ペキンパーが黒澤明監督の『七人の侍』を観ていなければ(そんなことないと思いますが)ペキンパー流スローモーションの美学は生まれていなかったかもしれません。
埃まみれでもプライド捨てない主人公の美
さて、話を戻します。
この映画でぐいっと迫ってくるのは、薄汚れた場末の表現、そんなところに生きるしかない男と女のやるせなさ、そしてそんな主人公がギリギリで持ち続けるプライド=誇りです。
ヒーローでも聖人でもない、そんな男と女が必死に前に進もうとする姿が胸に迫ってきます。
そんな彼らを象徴するように、セットも気合が入っています。二人が転がり込む小汚い安宿の部屋なんて、カビ臭い匂いまでしてきそうです。
綺麗なスーツをパリッと着た男たちと薄汚れたベニーの対比も、生きています。
しかし、かっこよく見えるのは、不思議なんですがスーツ姿の男たちではなく、ベニーなんです。
「泥と埃にまみれているからこそ「光る何か」があるんだ」
そう、パキンパーは言っているような気がしてなりません。
バイオレンスと子ども
そしてペキンパー作品に必ずと言っていいほど、登場するのが「子供」です。傑作『ワイルドバンチ』でも子供を登場させています。脇役としてではなく、「街に暮らす普通の子供達」がみょうに生々しい。
メキシコの炎天下、窓拭きする子供や、主人公たちを異邦人のような眼差しを突きつける遠慮を知らない「子供達の目」。
子どもをあえてバイオレンスの周辺に置くペキンパー。
ぼくには「実は残酷が無邪気に服を着ている子供という存在」をドラマに配置することで、偽善を排しているように思えてならないです。
欲望がハダカのまんま、塊となって迫ってきます。
でも、それだけではないです。ホコリと汗の匂いまで漂ってくるような美学に溢れた映画だとぼくは感じています。
『ガルシアの首』キャストは、今見ると発見が楽しい
ウォーレン・オーツが泥と埃にまみれても、愛がある、そんな演技で、とてもよいです。
別の記事でも書きましたので、そちらもよかったらどうぞ。
2023年にDVDを購入して再見しましたが、いま見ると、キャスト再発見が楽しかったです。
主人公たちにカマかけてくるバイク乗り役で、クリス・クリストファーソンが端役で出ていたり、その他大勢のシーンで、のちに『戦争のはらわた』や『わらの犬』、『タイタニック』に出演するデビッド・ワーナーがチラッと出ていたり(多分そうだと思う)。
他にも役者さんがめちゃくちゃ光ってます。
『ガルシアの首』残念だったこと
この映画を初めて観た中学生だったぼくは、男女の微妙な心の機微など全くわからず、正直「よくわかんない内容だった」と劇場を後にした記憶があります。
さて、40数年経って、「果たして当時ガキンチョだったぼくの感想はどうだったんだべ?」と再見したわけです。
で、今回はどうだったか?
冒頭、孕ませた男ガルシアに懸賞がかけられ、欲に目が眩んだ男たちが動き出します。正直、その流れ、テンポの速さにについていけずに、「あれ?この男たち、どういう関係だったっけ?」と、巻き戻しちゃったりしていました。いまだにテンポについていけなかった自分に残念賞でした。
1974年製作ですから、古い映画です。
夜のシーンは当時のカメラとフィルムの限界で、撮影ができませんでした。なので、日中に撮影して、トーンを落として「夜」としています。
「あ、ここは明るいけど夜のシーンなのね」と思って見なければならないシークエンスがいくつか出てきます。
「明るいけど、夜のシーン夜のシーン…」って自分に言い聞かせながら見ないといけない。古い映画のお約束ごとでありますが、そこ、残念なところです。(仕方ないけどね)
あっ、全編CGハデハデアクションを求めている方にはおおよそたぶん不向きです。意外とドンパチガンアクションシーンは少ないんですよ。
『ガルシアの首』配信は?
残念ながら配信されていないようです。
『ガルシアの首』DVDは入手可能か?
DVDはネットで入手可能です。(2023年5月現在)
ペキンパーの他の作品についてですが、戦争映画の傑作『戦争のはらわた』を当ブログで取り上げています。


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