映画『ひろしま』感想レビュー|原爆投下直後シーン壮絶!被爆者を含む広島市民が出演|原爆の恐ろしさを生々しく伝える8月6日必見映画。

シリアス・問題提起

映画『ひろしま』感想レビュー
壮絶。原爆投下地獄絵の語り部

このレビュー記事にはネタバレあらすじと感想が含まれます。またあくまで感想評価は一個人の印象です。映画をご覧になる方は、必ず鑑賞後にお読みください。





こんにちは!映画好き絵描きのタクです。

今回レビューする映画は日本映画の『ひろしま』です。サブスクで配信されている1953年に作られた古い映画です。

「古い映画だからスルーしよう」って思う気持ち、わかります。でも実は結構な確率でソンします。

映画『ひろしま』はそれこそ作られたのが72年前。古いも古いです。しかし、「すごい」という言葉を使うと作品が陳腐になってしまいそうな、、、そんな、語る言葉が見つからない映画でした。

今回は原爆の恐ろしさを生々しく伝える『ひろしま』、戦争映画の傑作をレビューします。

『ひろしま』どんな映画?

配信先のU-NEXT配信のキャッチには「忘れてはいけないから…。生き地獄と化した広島の“あの日”を人々の胸に刻む衝撃作」と書かれています。

素晴らしいキャッチコピーだと思います。

まんま、映画『ひろしま』の「ど真ん中」を突いています。

1953年に制作された映画『ひろしま』は、広島で実際に被爆した方々の証言や体験をもとに撮影された作品です。

出演者には、一般の市民や広島の教師・学生たちも多数参加しており、その数はなんと9万人にものぼったと言われています。

原作となったのは、広島の教師と生徒たちが綴った体験記『原爆の子』です。本に記された戦争の悲惨さと原爆の恐ろしさを、実際の映像と声で伝えることを目指し映画化されたといいます。

この映画は、原爆が投下された直後の広島の街と、そこで生きようとする人たちの姿を描いています。

空襲警報が解除され、ようやく安心した瞬間に落とされた原子爆弾。その光と熱に包まれた街で、多くの人たちが命を落とし、傷つき、家族を失います。

映画は、そうした日常の中に突如として訪れた悲劇を、淡々と、けれど強く訴える形で描いています。

実際の被爆者が出演し、リアルな状況を再現することで、見る人に深い衝撃と問いを投げかける映画です。

『ひろしま』あらすじ

広島市のある高校で女子生徒みち子が倒れます。原爆後遺症の白血病です。担任北川は、生徒たちと原爆後遺症について話し合う。

シーンは過去にカットバックし、原爆が投下された1945年(昭和20年)8月6日。暑い夏の日の午前8時15分に原子爆弾が落とされる。

「行ってきます」と家を出た子供たちが…

勤労奉仕で工場にいた女学生たちが…

小学校で崩れた校舎の下敷きになった子供たちが…

地獄へ叩き落とされる。

焦土と化した広島を、さまよう傷ついた市民たち。その姿はあたかも幽霊のようだ。

救護所に押し込まれた人々はまるで地獄絵図の餓鬼たち…。

原爆の恐ろしさが容赦なく描かれる…。

『ひろしま』あらすじ〜ネタバレラストまで

回想から親を亡くして生き残った子どもたちは荒んだ路上生活者となる。

瓦礫の中を生き抜く子どもたちの棘のような目線。

彼らは生き延びるため、盗みはもとより、見つけたドクロを記念品として占領軍に売りつけようとする。

焼け野原にバラックが立ち始め、戦災からの復興一歩一歩がイメージされる。

白い服を纏った市民たちが原爆ドームに向かって歩き始める。

その姿は原爆で死んだ市民たちを弔う精霊流しのようでもあった。

原爆ドームを背景に歩みを続ける生き残ったものたちに、死んでいった人々の魂がオーバーラップし、幕となります。



『ひろしま』解説

観客の心に核廃絶への大きな波紋を生む『ひろしま』

正直に言います。映画ブログを運営しいているんだから「『ひろしま』、はいはい、知ってます、すごい映画ですよね、、、」って言話なければならないところでしょうが、ぼくは、この映画の存在を今の今(2025年)まで、全く知りませんでした。

知人から映画『ひろしま』の存在を教えてもらったのですが、観たと同時に「なぜ、こんなもリアルに被爆カタストロフィを描き、素晴らしい問題提起をはらんだ映画が世に広められていなかったんだろう?、、、」素朴に疑問に思いました。

調べてみると、どうやら映画が制作された後、対米感情に遠慮をした配給会社が全国公開に及び腰となり、お蔵入りになっていたようです。

『ひろしま』は1953年の映画ですので、なんと原爆投下からわずかに8年後の公開なのです。

監督は関川秀雄。出演は岡田英次、原保美、加藤嘉、山田五十鈴、月丘夢路、岸旗江、利根はる恵、神田隆、薄田研二、三島雅夫、そして、ひろしま市民の皆さんです。

公開年のベルリン映画祭では長編劇映画賞を受賞しています。(ベルリンがある国ードイツも敗戦国ですね。)

2024年12月には、ノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会にノーベル平和賞が贈られ、核兵器廃絶への光がひとすじ差しました。この映画も、人の心に核廃絶の波紋を作るツールに確実になりえると思います。

毎年8月6日・必見、8月15日終戦記念日・必見映画の一本と言っても過言ではないと思います。







映画『ひろしま』はなぜ上映中止となったのか?その理由は?

そんな映画『ひろしま』ですが、先にも書きましたが、当時、映画館では配給公開されなかったといいます。

その理由は、原爆投下後の広島惨状シーンがあまりにもリアルだったため、映画配給会社が、アメリカ政府との軋轢を恐れて、、、だったようです。

映画のフィルムは、1953年完成から半世紀にわたって、倉庫に保管されていました。

作品の存在を知っていた映画関係者が上映会で再上映、それで50年ぶりに光が当たり、今はU-NEXT等の配信サービスで見られるようになった、、、というわけです。

『ひろしま』制作の舞台裏

市民と教職員×映画人の力わざ

映画『ひろしま』は、広島県教職員組合と広島市民の全面的な協力によって作られました。

企画には日教組も関わっており、広島の中学生や高校生、先生や一般市民など、なんと約9万人がボランティアでエキストラ出演しています。

特に、原爆投下の場面で幽霊のように傷つき逃げまどう人びとは、広島市民が参加、演じています。

また、撮影には地元の広島市役所や労働組合(総評・広島県労会議)、被爆者の支援団体なども協力。企業では広島電鉄や藤田組(現在のフジタ)も名を連ね、地域・企業ぐるみの支援体制のもと撮影が行われたようです。

さらに、当時の戦時衣服やヘルメット、防毒マスクなどの小道具も、約4,000点ほど広島県民から寄付されたものなそうです。

撮影は原爆投下前後の広島をリアルに再現するために、現地ロケ合わせて168のシーンセットが用意されたといいます。




原爆地獄絵図再現にこだわった関川監督

監督の関川秀雄は、実際に起きた惨状をスクリーンに再現するため、撮影に手間をかけたといいます。

CGも特撮もない時代に、太田川周辺や救護所の混乱、焼けただれた街など、地獄絵図を見事に再現しています。その再現は美術の勝利でしょう。セットと照明、大道具小道具、メイクといった美術スタッフの尽力あってこその『ひろしま』だったと感じました。

モノクロ映画ですが、修羅場と化した広島のシークエンスは、不思議なことにカラー以上にぐいぐいと迫ってきます。見事なモノクロマジックです。もっとも、もしもカラーで撮られていたならば、途中退場者続出だったに違いありません。




若い才能と熟練スタッフの合わせ技

『ひろしま』制作スタッフには、録音の名手・安恵重遠や、のちに教育映画で活躍する・小松浩、編集の・河野秋和など、敏腕スタッフが揃っています。

音楽は、名匠・伊福部昭。

美術を担当したのは、後に『砂の女』で有名になる・平川透徹。

セットは、のちに怪獣映画で知られることになる・高山良策が手がけています。

助監督の一人としては、のちに『海と毒薬』などの社会派映画で高く評価されることになる・熊井啓が名を連ねています。

『ひろしま』はそんなふうに、当時の熟練最高峰スタッフとのちに日本映画界を支える若手の才能の掛け算でできた映画なんですね。




『ひろしま』ぼくの感想

WW II ミリオタなぼくが出会った『ひろしま』

ぼくは映画が好きです。さらに少々WW II ミリオタ歴も長いので、第二次世界大戦を舞台に戦争をとらえた作品は、できるだけ見るよう努めています。

ぼく自身、広島を訪ね、原爆ドームを訪ね、原爆記念館にも足を運んだことがあります。もちろん絵にも描いています。ひとこと、圧倒されました。

しかし、ぼくは2025年の夏まで、この映画『ひろしま』の存在を知りませんでした。

映画を観て、「戦後まもない頃、こんなリアルな映画が作られていたなんて…。」と言葉を失いました。

ぶつけようのない腹立ち感

そして映画を見終わると同時に、洪水のようにいろんな感情が押し寄せてきました。

ここではそんな押し寄せシャッフルされた感情を振り分けて、書き記してみたいと思います。

たぶん第一の感想は、「こんなすごい反戦、反核映画があったのか」だったと思います。

そして同時に、思っていたのは、この映画を知らなかったぼく自身に対しての腹立ち感でもありました。

地獄絵と『はだしのゲン』

スクリーンを見ながら思い出していたのは、漫画『はだしのゲン』です。ぼくが小学生だった頃(1970年代)、ぼくが原爆のことを知ったのは『はだしのゲン』を通してでした。

『ひろしま』で描かれる地獄絵は、まさに『はだしのゲン』が映像として実写で再現されているような印象でした。

世に出た順番としてはもちろん映画『ひろしま』が先で、『はだしのゲン』が後です。

でも”どっちが前・あっちが後ろ”なんてどうでも良いのです。

絶句した幾つものシーンが実際に起こったことなのです。

映画は、観ていてもワンカットごとにそれは丁寧に地獄を作り、地獄を撮ったことがわかります。

フォーカスされた戦災孤児たちの横顔

そんな地獄絵の再現からは、監督、制作スタッフ、キャストたち、そしてエキストラ参加した広島市民の熱量、圧を感じました。

映画の後半は、戦争が終わって復興への道のりが描かれますが、戦災孤児たちのドラマとなっていったところも良かったです。子役たちの表情がリアルでいい。

こどもたちにフォーカスしたシーンは、戦後を生き延びるための必死さが、痛いほど伝わってきました。



白い灯籠流し

ここから先の感想はネタバレになりますので、映画を観たい方はスルーしてください。

ラスト、大勢の広島市民が原爆ドームに集まってゆくシーンがクライマックスとなりますが、ロングで引いて上空から見えせる絵は、まるで死んでいった人たちへの祈りの灯籠流しのように感じました。

たぶん、監督はエキストラ市民に「白い服を着て撮影に参加してください」と求めたように思います。

その白い色は、ぐしゃぐしゃになって死んでいった霊たちを鎮める、弔いの色に見えて仕方ありませんでした。



『ひろしま』ぼくの評価は?

テレビや新聞などでよく言われることですが、戦後80年となり戦争の実体験を語る人が少なくなってきました。ここに広島の悲劇の語り部として、8月必見の映画がまた一本増えました。

映画フィルムは人間と違って、死にません。誰かが配信、あるいは上映し続ける限り、永遠の戦争語り部として存在し続けますよね。

映画『ひろしま』へのぼくの評価は、星5つ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️です。

音楽があまり好きではない、とか、相変わらずこの時代の録音は聞き取りづらくてイラつく、など、もちろんマイナスはあります。ですが、原爆を落とされて数年後にこんな映画を作ってしまったことに、表現者の力を感じました。その力はマイナスを補ってあまりありました。

また時代は変われども、表現者とはどうあるべきか?という問いをも突きつける映画だとも思います。

『ひろしま』をいろんな人に知ってもらいたい、みてもらいたいです。

いい映画をありがとうございました。



『ひろしま』配信先は?

U-NEXT 

Prime Video

HOD Premium

以上で配信されており、レンタルできます。







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