映画『タンク』(原題:Der TIGER)
ネタバレあらすじ・ラストの意味・伏線・感想評価レビュー
こんにちは、映画好き絵描きのタクです。
今回取り上げる映画は、ドイツ映画『タンク』(原題:Der Tiger)です。
第二次世界大戦下の1943年、東部戦線。
一両のティーガーI重戦車と、そこに乗り込んだ5人のドイツ兵が、危険な極秘任務へ送り込まれます。
戦車映画と聞けば、『フューリー』や『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』のような激しい戦車戦を想像するかもしれません。
ぼくもそうでした。
ところが『タンク』は、少し違います。
前半は、硝煙とオイルの匂いまで漂ってきそうな戦車映画。
しかし物語が進むにつれて、止まった腕時計、狂うコンパス、無線から聞こえてくるミサ、そして戦場に佇む一頭の鹿……。
「何かがおかしい」
そして最後に、物語の見え方がひっくり返ります。
この記事では『タンク』のあらすじと感想に加え、ラストの意味、劇中に散りばめられた伏線、鹿の意味、ティーガー戦車は実車なのか、実際に潜水走行できたのかまで、ミリオタ+画家目線で考察してみます。

このレビューでわかること
・映画『タンク』はどんな映画?
・ティーガーIとはどんな戦車?
・キャストと登場人物
・ネタバレあらすじと結末
・ラストの意味
・腕時計、ミサ、コンパスなどの伏線
・鹿が意味しているもの
・劇中のティーガーは実車なのか?
・ティーガーは本当に水中潜水できたのか?
・『タンク』は「ひどい」のか「おもしろい」のか?
- 映画『タンク』(Der Tiger)とは?
- ティーガーIとはどんな戦車?
- 『タンク』スタッフ・キャスト・登場人物
- 『タンク』ネタバレなしあらすじ
- ここから完全ネタバレ!『タンク』ラストまでのあらすじ
- 『タンク』ラストの意味|彼らは最初から死んでいた?
- 『タンク』の伏線を考察|腕時計・ミサ・コンパスの意味
- 画家目線で考察|なぜ橋の上に「鹿」がいるのか?
- 『タンク』感想|硝煙とオイルの匂いがする
- 『Uボート』を思い出した理由
- 『タンク』は戦争映画というより「煉獄」の映画
- 『タンク』はひどい?おもしろい?評価が分かれる理由
- 『タンク』のティーガーは実車なのか?
- ティーガーIは本当に水中潜水できたのか?
- まとめ|ティーガーが走っていたのは戦場か、それとも煉獄か
- 『タンク』が刺さった方へのオススメ映画
- ぼくの評価
- 『タンク』(Der Tiger)配信は?
映画『タンク』(Der Tiger)とは?
『タンク』は、1943年の東部戦線を舞台に、ティーガーI重戦車の5人の乗員を描いたドイツ製戦争映画です。
原題は『Der Tiger』。
ドイツ語の「Der」は男性名詞につく定冠詞で、英語なら「The」。Tigerは「虎」です。
つまり原題は、そのまま「ティーガー」。
この映画のもう一人の主人公とも言える、ドイツ軍のティーガーI重戦車を指しています。
物語は一見すると、敵地深くにいる将校を連れ戻す「救出ミッションもの」。
しかし単なる戦車アクションではありません。
5人の兵士は極限状態の中で、敵だけでなく、自分たちの記憶や恐怖、そして過去に行ったことと向き合うことになります。
さらに彼らは、当時ドイツ軍でも使用されていた覚醒剤ペルビチン(メタンフェタミン)の影響下にあります。
だからこそ観客にも、
「これは現実なのか?」
「薬物による幻覚なのか?」
「それとも……?」
という疑問がつきまといます。
この曖昧さこそが『タンク』という映画の大きな仕掛けです。
ティーガーIとはどんな戦車?
劇中に登場するのは、ドイツ軍のティーガーI重戦車です。
分厚い装甲と強力な88mm砲を備えた、第二次世界大戦を代表する重戦車のひとつ。
ぼくも子供の頃からプラモデルで何度作ったかわかりません(笑)。
ティーガーの88mm砲は非常に強力で、連合軍兵士からすれば、
「こちらが撃っても弾かれる。しかし向こうに撃たれたら終わる」
そんな恐怖の対象だったことでしょう。
そして何より、あの形。
垂直に切り立った装甲板。大きな砲塔。複雑な転輪。
いかにも「重戦車」というゴツい姿です。
ちなみに、ぼくもスケッチしてみました。

『タンク』スタッフ・キャスト・登場人物
スタッフ
監督:デニス・ガンゼル
脚本:デニス・ガンゼル/コリン・ティーヴァン
撮影:カルロ・イェラヴィッチ
音楽:ハイコ・マイレ
キャスト・登場人物
ダーヴィト・シュッター/フィリップ・ゲルケンス少尉(戦車長)
ローレンス・ルップ/クリスティアン・ヴェラー(砲手)
レオナルド・クンツ/ヘルムート(操縦手)
セバスティアン・ウルゼンドフスキー/ケイリヒ(無線手・機銃手)
ヨラン・ライヒャー/ミヒェル(装填手)
ティルマン・シュトラウス/パウル・フォン・ハルデンブルク大佐
狭い戦車内を舞台にする映画だけに、5人の表情が非常に重要です。
この5人が、実にいい。
ぼくは本作の魅力の半分くらいは、このキャスティングにあると思っています。
『タンク』ネタバレなしあらすじ
1943年、東部戦線。
フィリップ・ゲルケンス少尉率いるティーガー戦車は、ドニエプル川にかかる橋で激しい撤退戦を繰り広げています。
ソ連軍の攻撃が迫る中、橋は炎に包まれる。
そして場面が変わります。
ゲルケンスに「迷宮作戦」と呼ばれる新たな極秘任務が与えられます。
敵味方どちらにも属さない危険な地域へ入り、パウル・フォン・ハルデンブルク大佐を連れ戻せ、という命令でした。
ハルデンブルクはゲルケンスの旧友でもあります。
ゲルケンスは、ヴェラー、ヘルムート、ケイリヒ、ミヒェルという4人の部下とともにティーガーを走らせます。
地雷原。
敵兵。
ソ連軍戦車。
そして、徐々に現れ始める説明のつかない出来事。
5人を乗せたティーガーは、敵地へ向かっているはずなのに、まるで別の世界へと進んでいるようにも見えてきます。
ここから完全ネタバレ!『タンク』ラストまでのあらすじ
ここから先は結末を含みます。
未見の方は、映画を観てから戻ってきてください。
+ + +
ゲルケンスたちはティーガーを走らせ、危険な任務を続けます。
途中では地雷原に阻まれ、さらには敵戦車との戦闘。
ティーガーが潜水装備を使って川を渡る場面は、本作の見せ場のひとつです。
しかし戦いの中でケイリヒが死亡。
残された4人は、ようやくハルデンブルク大佐のいる巨大な地下施設へたどり着きます。
ところが、そこには奇妙な光景が広がっていました。
戦争の真っただ中だというのに、将校たちは酒を飲み、宴に興じています。
「何かがおかしい」
ゲルケンスはハルデンブルクを探し出します。
そして二人の会話から、封印されていた過去が姿を現します。
彼らはスターリングラードで、民間人を巻き込む非人道的な命令に関わっていました。
ゲルケンスは「命令だから」と自らを納得させてきた。
しかしハルデンブルクは問いかけます。
命令されたからといって、実行した人間に責任はないのか?
さらにゲルケンスは思い出します。
冒頭の橋。
炎。
そして、自分たちがあの橋から脱出してなどいなかったことを。
ティーガーと5人の乗員は、あの時すでに死んでいた。
つまり、映画の大部分を占めていた「迷宮作戦」そのものが、現実世界で行われていた任務ではなかった可能性が示されます。
それはゲルケンスの死の間際に見た幻影なのか。
ペルビチンによる幻覚なのか。
走馬灯なのか。
あるいは、罪を背負った者がさまよう「煉獄」だったのか。
映画は、明確にひとつの答えを説明することなく、エンドロールとなります。
『タンク』ラストの意味|彼らは最初から死んでいた?
ぼくは、この映画の大部分を「ゲルケンスの煉獄」と捉えました。
冒頭の橋で、彼らは死んでいた。
しかしゲルケンスは、自分が死んだことも、自分が過去に行ったことも受け入れられない。
だから「迷宮作戦」という形を借りて、もう一度戦場を旅する。
その旅の終点に待っていたのが、旧友ハルデンブルクでした。
つまり、あの作戦の本当の目的は、
「ハルデンブルクを連れ戻すこと」
ではなく、
「ゲルケンス自身が過去へ戻ること」
だったのではないでしょうか。
そう考えると、「迷宮作戦」という名前もとても意味深です。
迷宮をさまよっていたのはティーガーではなく、ゲルケンス自身だった。
ぼくにはそう思えます。
『タンク』の伏線を考察|腕時計・ミサ・コンパスの意味
ラストを知ってから振り返ると、映画の中には「ここは現実世界ではない」と知らせるサインがいくつも置かれています。
1.止まった腕時計
乗員が腕時計を見て、不審そうな顔をします。
時計は、橋の戦闘以降、止まったまま。
つまり彼らの「時間」は、あの橋で終わっている。
非常にわかりやすい伏線です。
2.無線から聞こえてくるミサ
本来、軍事通信が入るはずの無線から、ラテン語のミサのような声が聞こえてきます。
ぼくには、これは単純な「神との交信」というより、
「生者の世界から死者の世界へ聞こえてくる祈り」
のようにも感じられました。
3.狂ったコンパス
コンパスの針がくるくると回ります。
方角が存在しない。
つまり彼らがいる場所は、通常の地図では示せない世界なのではないか。
4.あり得ないほど時間が経過した遺体
敵戦車の中にある遺体などにも、時間感覚のおかしさが見えます。
ここでも「この世界では時間が正常に流れていない」と示しているように感じます。
こうして見ると、映画はかなり早い段階から、
「この旅は現実ではないぞ」
と観客にサインを送っていたことになります。
画家目線で考察|なぜ橋の上に「鹿」がいるのか?
ここは、画家として非常に気になりました。
冒頭。
炎と爆発に包まれた橋の上で、ゲルケンスは一頭の鹿と目を合わせます。
戦場の真ん中ですよ。
普通に考えれば、鹿が悠然と立っているような状況ではありません。
だからこそ、あの鹿には意味がある。
西洋美術や神話、宗教的イメージの中で、鹿は長い歴史を持つモチーフです。
生命、再生、神聖さ、森、異界。
文化によって意味は異なりますが、人間の世界と「その向こう側」をつなぐ存在として扱われることがあります。
ぼく自身、絵の中に鹿を描く時には、単なる「森にいる動物」としてではなく、森の神聖さを背負う存在として置くことがあります。
『もののけ姫』のシシ神を思い浮かべてもわかりやすいでしょう。
では『タンク』の鹿は何なのか?
ぼくは、
現世と死後世界の境界に立つ存在
と読みました。
ゲルケンスたちは橋の上で死ぬ。
その境界に鹿がいる。
つまりあの鹿は、
「ここから先は、あなたたちが知っている世界ではない」
と知らせる案内人だったのではないでしょうか。
そう考えると、橋そのものにも意味が出てきます。
橋とは、こちら側と向こう側をつなぐもの。
そして、その橋の上に鹿がいる。
この映画が「死者の旅」を描いているのだとすれば、かなり象徴的な構図です。
『タンク』感想|硝煙とオイルの匂いがする
さて、ラストの考察はさておいて、戦車映画としてはどうなのか。
ぼくは好きです(笑)。
『フューリー』や『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』のような派手な戦車戦を想像していましたが、本作はむしろ戦車内部の心理描写に重きを置いています。
狭い。
暗い。
暑い。
うるさい。
油臭い。
そんなティーガーの内部が伝わってきます。
88mm砲の尾栓。
照準器。
操縦手が覗き窓から見る外の世界。
砲弾を装填する音。
戦車が動くたびに響く金属音。
「戦車を見る映画」というより、
「戦車兵になる映画」
と言った方が近いかもしれません。
そしてドイツ語がいい。
砲弾発射時の短い命令ひとつにも緊張感があります。
個人的には、ドイツ語音声+日本語字幕で観ることをおすすめします。
『Uボート』を思い出した理由
『タンク』を観ていて、ぼくが思い出した映画があります。
『フューリー』でも『T-34』でもありません。
『Uボート』です。
密閉された鋼鉄の箱。
逃げ場がない。
すぐ外側には死がある。
そして、狭い空間の中で男たちの感情がむき出しになっていく。
戦車と潜水艦。
まったく違う兵器ですが、映画としてはどこか似ています。
さらに両作品ともドイツ兵側から戦争を描いている。
『タンク』は、ドイツ兵を単純な「悪役」にしていません。
しかし同時に、
「兵士も命令された被害者だった」
だけで済ませてもいません。
ここが重要だと思います。
命令に従うこと。
命令を実行すること。
そして、自分で考えることをやめること。
『タンク』は、その境界線をも描いているように思えます。
『タンク』は戦争映画というより「煉獄」の映画
『フューリー』を正統派戦車映画。『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』をスペクタクル戦車映画。
そう無理やり分類するなら、『タンク』は何になるでしょう?
ぼくなら、
「戦車を舞台にした煉獄映画」
と呼びます。
戦場の恐怖そのものより、
「人間は、自分が行ったことから逃げられるのか?」
という問いが映画の中心にあるからです。
「命令だった。」
「戦争だっから仕方なかった。」
ゲルケンスは、そうやって自分を納得させようとします。
しかし最後に残る問いは、
「では、その引き金を引いたのは誰だったのか?」
なのでしょう。
ここは非常に重いです。
ただし正直に言えば、ぼくは、このテーマを117分の中に少し綺麗にまとめすぎたとも感じました。
「言いたいことはわかる。でも、もう少し掘ってほしかった」
これがぼくの率直な感想です。
『タンク』はひどい?おもしろい?評価が分かれる理由
この映画は、評価が分かれると思います。
理由はわかりやすい。
「ティーガー戦車が活躍する戦争映画」を期待した人にとって、最後の展開は、
「えっ、そっちに行くの?」
となるからです。
逆に、途中から現れる違和感を楽しみながら、
「この世界は何かおかしいぞ」
と考察するタイプの人には面白い。
つまり『タンク』は、戦車映画として始まりながら、途中から心理スリラー、そして最後には死と罪をめぐる寓話へ変わっていく映画なのです。
ぼく自身は、ラストには少々強引さを感じました。
でも、そのラストがあるからこそ、鑑賞後に「あの鹿は何だったんだ?」「時計は?」「コンパスは?」と、もう一度映画を振り返りたくなる。
その意味では、妙に後を引く映画でもあります。
『タンク』のティーガーは実車なのか?
これ、ミリオタなら気になります。
ぼくも最初、
「もしかして実車?」
と思いました。
複合転輪の雰囲気もいい。
車体もいい。
しかしよく見ると、履帯や車幅に微妙な違和感があります。
劇中のティーガーは、現存する実物のティーガーIを走らせたものではなく、T-55戦車をベースに作られたレプリカとされています。
それでも、映像で見ると見事です。
『プライベート・ライアン』にもフェイク・ティーガーが登場しますが、『タンク』のティーガーはさらに「本物らしさ」が増しているように感じました。
CGも組み合わせながら、あの独特の足回りまでティーガーらしく見せています。
美術・VFXスタッフには拍手です。
ティーガーIは本当に水中潜水できたのか?
劇中で驚くのが、ティーガーが川の中へ潜っていく場面。
初見では、
「おいおい、本当にそんなことできたの?」
と思いますよね。
でも、これはまったくの映画的創作ではありません。
初期のティーガーIには、河川を潜水して渡るための深水渡渉装備が用意されていました。
巨大で重いティーガーは、どんな橋でも自由に渡れるわけではありません。
そこで、水密処理を施して川底を走るという発想が出てきます。
劇中でも、乗員たちが車体に防水処理を行う様子が描かれます。
つまり、あの潜水シーンは、
「そんな馬鹿な!」
ではなく、
「本当にそんな機能を考えていたのか、ドイツ軍……」
という場面なのです。
ただし準備に手間がかかるなど実用上の問題もあり、後には簡略化されていきました。
こういうメカニック描写をきちんと見せてくれるところは、ミリオタとして嬉しいですね。
まとめ|ティーガーが走っていたのは戦場か、それとも煉獄か
『タンク』は、ティーガーI重戦車を主役にした戦争映画だと思って観始めました。
確かにティーガーは、もう一人の主人公です。
しかし最後まで観ると、その巨大な鉄の箱は、5人を守る「戦車」であると同時に、ゲルケンスが自分の過去から逃げられない「檻」のようにも見えてきます。
彼らが走っていた場所は、本当に1943年の東部戦線だったのか。
それとも死の直前に見た幻だったのか。
あるいは、罪を背負った人間がさまよう煉獄だったのか。
ぼくは「煉獄」だったのではないかと思っています。
そして冒頭。
燃え上がる橋の上で、ゲルケンスを静かに見つめていた一頭の鹿。
あの鹿は、主人公yたちがこれから向かう場所を、最初から知っていたのかもしれません。
そう思ってもう一度『タンク』を観ると、一回目とは違う映画に見えてくる気がします。
『タンク』が刺さった方へのオススメ映画
『タンク』を楽しめた方への戦車登場系の推しムービーです。セレクト基準は、、、運営人のボクのツボにハマってるかどうかだけです。
▪️『戦争のはらわた』Cross of Iron
ドイツ兵が主役という異端児映画。サム・ペキンパー監督。バイオレンスの巨匠に撮らせたら東部戦線はどう映るのか?『戦争のはらわた』cross of Iron
▪️『プライベート・ライアン』Saving Private Rayan
スピルバーグ監督作品。フェイクティーガーがクライマックスの戦闘シーンに登場。なぜ一小隊は、一人のために最前線をかいくぐらねばならなかったのか?ーー『プライベート・ライアン』
▪️『フューリー』Furry
ブラピ主演。アメリカ陸軍シャーマン戦車とドイツ軍ティーガー(実車!)の戦いの果てに待つものは?ーー『フューリー』Furry
▪️『T34:レジェンド・オブ・ウォー』T34 regend of war
ロシア映画。ドイツ軍パンター戦車とT34/85の壮絶バトル。自由を求めるソ連軍戦車兵たちがみた風景とは?ーー『T34:レジェンド・オブ・ウォー』 T34 regend of war
ぼくの評価
ぼくはミリオタでもあります。
なので、ティーガーIがグァラグァラ走っているだけでかなり満足する人間です(笑)。
その時点で公平な採点者ではありません。
ミリオタとしてなら、
8.5/10。
ミリオタ成分を差し引いて、映画そのものとしてなら、
6.5/10。
そんなところです。
特にラストの「因果応報」というテーマは、この映画一本で扱うには少し大きすぎたようにも感じました。
もう少しゲルケンスの過去や、「命令に従う」ということへの葛藤が描かれていたなら、さらに強烈な映画になったのではないでしょうか。
とはいえ、
ティーガー。
密閉された車内。
5人の戦車兵。
ペルビチン。
狂ったコンパス。
止まった時計。
炎。
そして、橋の上の鹿。
鑑賞後になって、何度も思い出してそれらが頭の中でひとつにつながっていく。
そんなフックの効いた戦争映画でした。
『タンク』(Der Tiger)配信は?
『タンク』(原題:Der Tiger)は、Prime Videoで配信されています。
配信状況は変更される場合がありますので、鑑賞時に最新情報をご確認ください。


