『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ラストの意味|グレース博士が見つけた“第三の道”

SF

※この記事は映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のラストを含むネタバレ記事です。

こんにちは、映画好き絵描きのタクです。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観終わったあと、ぼくの頭の中にずーっと残り続けていたのは、宇宙船でも、SF的すごさでも、アストロファージでもありませんでした。

ずっと残っていたのは、最後にグレース博士がたどり着いた、あの静かな教室の光景、そしてグレース博士の表情です。

ぼくはあのラストを見ながら、あることを感じていました。

それは、この映画が描いていたのは「地球へ帰還する物語」ではなく、

👉 「自分の居場所を、自分で選び直す物語」

だったのではないか?ということです。


『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ラストを簡単に解説

まずはラストを簡単に整理します。

グレース博士は、地球を救うための方法を見つけ、データとサンプルを地球へ送ることに成功します。

しかしその途中、ロッキーの宇宙船に異変が起きていることに気づきます。

もしこのまま地球へ向かえば、自分は助かる。

でも、ロッキーは死ぬ。

その時グレース博士は、地球への帰還をやめ、ロッキーを助けに戻ることを選びます。

結果として彼は、ロッキーたちの星で生き延びることになる。

そしてラストでは、異星の子どもたちに科学を教える教師として暮らしていました。


グレース博士は「二択」の中にいた

ぼくがこの映画で面白いと思ったのは、終盤のグレース博士が、ずっと「二択」の中にいたことです。

  • 地球へ帰るか
  • ロッキーを助けるか

つまり、

  • 自分が生きるか
  • 他者を救うか

という選択です。

普通なら、この構図は「自己犠牲」の物語になるはずなんです。

誰かを助けた代わりに、自分は死ぬ。

過去の映画なら、そういうラストも多かったと思います。

でも、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は違いました。

この映画は、その二択の外側に、もう一つの道を用意していた。

ぼくはそこに、鳥肌が立ちました。


グレース博士が見つけた“第三の道”

グレース博士は、ロッキーを助けることを選びます。

それは、自分の命を諦める覚悟でもありました。

ところが結果として、彼は“生かされる”。

ここが、この映画の最も美しいところだと思うんです。

彼は、「地球へ帰る」という道でも、「死ぬ」という道でもない、

👉 “第三の道”

を手に入れていた。

それは、

👉 「新しい居場所で生きる」

という道です。

ぼくはこのラストを見ながら、

「人は、自分で選んだ道の先でこそ、本当の居場所に出会うのかもしれない」

と思っていました。


前半の“教師”と、ラストの“教師”は違う

ぼくが特に好きなのは、グレース博士が最後、再び教師になっていることです。

でも、前半と後半では、“教師”の意味がまるで違うんですよね。

前半のグレース博士は、どこか、なんというか、社会から外れた人でした。

学会から異端扱いされ、研究者としての道を失い、学校教師になっていた。

もちろん、子どもたちに教える姿には、優しさがありました。

でもどこか、彼のある種捨て鉢な態度から「ここが自分の場所なのだろうか?」という迷いを感じます。

ところがラストでは違う。

彼は、自分の意思でそこにいる。

異星の子どもたちへ、未来を繋ぐために教えている。

つまり彼は、

👉 「生き残った人」

ではなく、

👉 「未来へ知識を渡す人」

になっていたんです。

この変化に、ぼくは胸を打たれました。


ロッキーとの出会いが、グレース博士を変えた

グレース博士は、ロッキーという異星人と出会います。

言葉も違う。
文化も違う。
見た目も違う。

でも彼らは、理解する努力をやめませんでした。

その積み重ねが、友情になっていく。

ぼくはこの映画を見ながら、

「友情って、本当はこういうものだったのかもしれないよな」

と思いました。

最初から通じ合えることじゃない。

わからない相手を、それでも理解しようとすること。

固い心の結びつきって、その努力の先に生まれるものなんですよね。

そしてグレース博士は、ロッキーを救うという選択を通して、自分自身も救われていたんですね。


『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ラストの意味とは?

ぼくはこの映画のラストを、

👉 「自己犠牲の物語」

だとは思っていません。

むしろ逆です。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が描いていたのは、

👉 「他者のために選んだ道が、結果として自分を生かすことがある」

という希望だったのではないでしょうか。

人生って、二択に見える瞬間があります。

でも実際には、見えていない“第三の道”が存在しているのかもしれない。

そしてその道は、

👉 誰かのために動いた先にしか、見ることができない風景。そんな風景が、たしかにある。

ぼくは、この映画からそんなことを受け取りました。


まとめ|居場所は、選んだ先に生まれる

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のラストは、単なるSF映画のエンディングではありませんでした。

それは、

👉 「自分の居場所は、誰かに与えられるものじゃない」

という物語だった気がします。

グレース博士は最後、自分で道を選びました。

そして、その選択の先で、新しい居場所と、新しい未来を手に入れた。

ぼくはあのラストを見ながら、

「自分で選んだ道には、希望の種が隠れている」

そんなことを思っていました。

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👉 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の本編レビュー・考察はこちらに書いています。
(親記事URL)https://www.movie-diaries.com/project-hail-mary-7467

👉 『プロジェクト・ヘイル・メアリー ロッキー考察記事』は、こちら↓に別レビュー書いています。

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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ロッキーとは何者か?を深掘りレビュー。正体・最後・友情の意味を考察します。

 

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