映画『ルノワール』解説感想考察レビュー
絵画イレーヌ・画家ルノワールの生涯まで
子どもの頃、好奇心が見つめていたものはなんだったでしょうか?大人になって忘れてしまった感覚はなんでしょうか?
今回レビューで取り上げる映画は、そんな忘れかけていた何かを見せてくれる早川千絵監督の『ルノワール』。2025年の日本映画です。
『ルノワール』は、一人の少女の目を通して見る大人の世界、そして目に見えない世界や力への憧憬、好奇心を描いています。
大人になって遠くに置き忘れていた「そうそう、あんなかんじ、あったよね」という感覚を掘り起こしてくれるような映画です。
描かれる時代は1980年代の昭和の終わり頃。…と書くと、古いノスタルジック系をイメージするかもしれませんが、そんな懐古趣味の映画ではありません。
多分それは「時代を超えても変わらない子どもが持つ心模様」を映し出しているから…のように思えます。同時に「大人たちの世界は今も変わらない」と考えさせられる映画です。
そんな『ルノワール』をレビューしてみます。記事末尾には画家ルノワールの一生もまとめていますので、よかったらご覧ください。
なお、映画『ルノワール』公式サイトには、「ご鑑賞前の注意事項」が記載されています。転載しますので、気まずいか気まずくないかは、以下ご自身の判断でごらんください。
本作には、扱う時代背景を勘案し、一部児童と大人との不適切な関係をほのめかすシーンや暴力的なシーンが含まれています。作品はこれらの行為を肯定するものではありませんが、そういった表現に対して不快感や不安を感じる方は事前にご自身とご相談の上、ご鑑賞下さい。
『ルノワール』解説
舞台はバブル絶頂期の1980年代・夏。川が流れ大きな橋がかかる、どこか郊外の町です。
主人公11歳のフキは、父と母と3人で郊外に暮らしています。想像力豊かな彼女ははどこか捉えどころのない、けれど、どこにでもいるような小学生。
物語は、そんなフキの目に映る大人たちの不確かな世界を映し出し、11歳ならではの死に対する畏れ、スピリチュアルへの好奇心、そして病に倒れた父との愛情、父とすれ違う母との距離に触れていきます。
11歳の心が小さな世界から何を受け止めて、どこへ向かっていくのか??を、『プラン75』の早川千枝監督が、丁寧な間合いで描いていきます。
『ルノワール』スタッフキャスト
監督・脚本:早川千絵
主人公フキ:鈴木唯 父:リリー・フランキー 母:石田ひかり 出会う大人たち….中島歩、河合優実、坂東龍汰ほか
『ルノアール』あらすじ~一部ネタバレあり
主人公のフキは11歳。好奇心と想像力が豊な小学生です。
ある日、フキの父が吐血し、病院に入院します。どうやら完治は難しそうな気配が漂っています。
母は「先は長くないかもしれない」と世間話のように誰かと電話で話しています。不思議そうにその姿を見るフキ。
フキは父の病室で、父を相手にカードを使った「テレパシーテスト」を試みます。見事に当てる父と嬉しそうに驚くフキ。
一方母は、勤務している会社でパワハラを訴えられ、研修名目で現場から離れることに。
中間管理職の母は納得がいきません。
しかし彼女は会社命令で研修セミナーへ参加、一人のカウンセラーの男性と出会います。
フキは、英会話教室で同い年の女の子チヒロに出会います。
チヒロの家はフキの家とは違いハイソな雰囲気です。フキはしかし、静かな好奇心でチヒロの母親に接します。
そしてフキがチヒロの間で遊ばれるのは、「テレパシー」であり、おもちゃの金属探知機といった、”目に見えない何か”への憧憬です。
ある時、同じマンションの女性と目が合ったフキは、女性の家で催眠術を試みます。女性の口からこぼれ出た言葉は、フキが抱いていた目に見えない世界への好奇心に静かに刺さります。
夏休みになりました。
フキはマンションドアに挟まれていた一枚の紙切れを手にします。
それは「伝言ダイヤル」のチラシでした。フキは伝言ダイヤルに印刷されていた電話番号を押しますが…..
+ + +
….入院している父、家族が見えない母、生活レベルの違う友人、そしてフキの目に奇妙に映る周りの大人たちの様子。11歳の目と心に映るいくつもの世界が絡み合っていきます。
『ルノワール』感想~ネタバレあり
子どもの頃に思い描いていた「向こう側」
「子ども時代のぼくも、この映画のフキのようだったかも…..」
それが『ルノアール」を観ていて、僕が思ったことです。
ちなみに僕自身のことで恐縮ですが、僕の少年時代は映画の時代より10年ほど前になります。
しかし、世代が違っていても、映画のフキが興味を示したり、好きな世界は、11歳当時、僕の中にも確かにありました。
そして、子どもの頃には話せなかった=話しちゃいけない…と思っていたことが、『ルノワール』ではフキを通して描かれていたのです。
それは何か?
答えは「命の向こう側=死への好奇心・恐れ」です。
映画を観ていると、フキが「死」や「テレパシー」、「おまじない」といった目に見えない世界=そして深いところで他人と繋がることに、ピュアな好奇心を抱いていることがわかります。
多分、それらは、観客の誰しもが、程度の差こそあれ興味を引かれていながら、子どもごころに「それ、もしかしてタブーかも….」と思い、口にしていなかった世界のような気がします。
僕自身、特に子ども時代、「死んだらどうなるんだろう?」という対する疑問や「死への恐怖」は、大人になってからのそれとは違っていました。
僕は、そんな疑問や恐怖は触れてはならないものなんだけど、強く好奇心を掻き立てる世界でもあったことを思い出していました。
ただ、映画を観ていてダイレクトにグサリと刺さったわけではありません。
どこか遠いところに忘れていたものが、じわじわおぼろげに形になって現れた感じです。
僕は、劇中のフキの行動を通して「そうそう、そういえば、、、僕も…..」と、遠い子ども時代を思い出していました。
大人の世界も異界だった子ども時代
『ルノワール』には、観客の心を強引に子ども時代に持っていくマジックがあると思います。
俳優・鈴木唯さんの目と細い手足にある、といってもいいかもしれません。
鈴木唯さんが素でやっているのか、演技なのか、とにかく彼女の一挙手一投足、そして表情が、僕を”子ども時代”に引っ張っていきました。すると、大人の世界が、あたかも”死の世界”のように見えてきたのです。
僕=を子ども時代に引っ張り込むことで、今生きている大人の世界を、あたかも異界のように逆視させるんです。その演出にも感動しました。
その感じを僕は以前何かの映画でも味わったように思い、記憶を辿りました。
「なんだっけかな、似たような感覚になった映画、、、」
観終わってしばらくして思い出しました。
その映画は『スタンド・バイ・ミー』。
大人になった主人公が子ども時代を回顧する話です。
『ルノワール』とは映画のタイプもテーマも全然違いますけど、「うん、うん、そうだった、、、すっかり忘れてたよ」という感覚が似ていたのです。
ルノワールの複製画にノックアウト
『ルノワール』を観ていて、僕が完全にノックアウトされたシーンがあります。
それは、タイトルにもなっている「ルノワールの複製画」をフキが目にするシーンです。
何を隠そう、映画に登場するルノワールのその複製画と同じものを、僕自身も買っていたのです。
僕にとってその絵は、”新しいそれまで見たこともない世界”だったんだと思います。自分の部屋にかけて、”この世のものとは思えない美しさ”に見入っていた記憶が蘇ってきました。
ここでもまた”この世のものではない”というキーワードが現れました。
映画『ルノワール』は、フキを媒介にして、「この世のものではない異界と現実を自由に行き来することができたあの頃」へ帰ることができる、”目に見えない扉”のような映画だと僕は感じています。
早川千絵監督の目線と勇気
早川千絵監督の作品を初めて観たのは『プラン75』でした。『プラン75』は高齢化社会の隙間に光を当てた映画で、僕は早川千絵さんはすごい勇気を持っている監督だと感じました。
今回の『ルノワール』では、『プラン75』の主人公=高齢者とは真逆の、世間に放り出される前の小学生に光を当てています。しかし光の当てるポイントが『プラン75』と同じく「もしかすると、誰もが感じているけれどベールで覆っておきたい部分」のように思えます。
うまく言えませんが、『ルノワール』も『プラン75』も、早川千絵監督はそのベールをバッと剥ぎ取ってみせるわけです。
早川千絵監督の男性監督にはない勇気…すごく本能に近いところで感じる違和感に光をあてる勇気を持っているように感じました。
早川千絵監督が次の作品ではどんなベールを剥ぎ取ってくれるのか?今から楽しみです。
『ルノアール』考察
見えないものへの憧憬
映画『ルノワール』が描き出すもの、それは、”目に見えないものへの憧憬”ではないかと僕は考えています。
生きていくために大切なことは何か?の問いに対する答えが、実は『ルノワール』には隠されているように思います。
それは「目に見えない世界を、信じること」です。
主人公のフキは一風変わった子どもとして受け止められるかもしれませんが、決してそうではないと僕は感じています。
子どもの好奇心は、大人と違って無限大です。命の向こう側やインナーワールドへの興味、目に見えない世界への憧れといった様々な興味が子どもの心には渦を巻いています。
その渦の大切さを切り取って映画として見せてくれたのが『ルノワール』だと、僕は感じています。
僕が見つけたキーワード
…と書きましたが、もちろん『ルノワール』は、映画を観る人の、それまで生きてきた歴史や育った環境によって、違ったふうに見える万華鏡のような映画だとも感じています。
観る人それぞれが映画の物語に忍ばされたいくつかのキーワードを探し、考えることで、見終わった後に「自分には物語がどう見えたか?」が変わってくるように思えます。
僕がすくいとったキーワードを書いておきます。
・父の入院している病院の廊下ごしの扉
・自転車を漕ぐ母の背中にはためく服の裾
・青空に行き交う二つの空気層の雲
・夕陽に向かってゆらゆらと自転車を漕ぐフキ
・青い服を着たフキと、手に持った赤い水風船
・チヒロがくれたティアラをつけたワンピース姿のフキ
・隧道の中で手を叩き反響を楽しむフキ。
これらのキーワードはみな、僕自身忘れかけていた”フキの年齢=11歳”に、僕を連れ帰ってくれたものでした。
フキにとっての”境界”
映画『ルノワール』を観ていてぼくが頻繁に受け取ったキーワードがあります。それは冒頭でも書きましたが「目に見えない境界」です。
最初に「あ、これ、目に見えない境界だ」感じたシーンは、倒れた父が入院した病院の「扉」が映る場面です。
暗い院内の廊下越しにガラス扉が映し出されます。光と影が巧みに捉えられて実に印象的なカットなのです。そのカットを見た後に、病室内で”白いカーテン”越しにフキを捉えるシーンが出てきます。
さらにフキが夏休みの林間学校でキャンプファイヤーの炎越しに何かをじっと見据えるシーンもあるのです。
僕は”炎の向こう側””白いカーテンの向こう側は見えない世界=異界であり、フキにとって好奇心をくすぐってやまない世界と同じイメージなんだと感じました。
フキと大人たち
劇中、フキの大人たちを見る眼差しは、まさにその言葉の響き通り「まなこ を さす」ような光があります。
「11歳から見る大人の世界は、異世界だ」と、その眼差しから僕は受け取りました。
劇中、体調を崩している父にギスギスと当たる母を前に、ふと笑うフキがいます。
なぜフキは笑ったのでしょうか?
大人同士のいさかい….というか、母の言動が、フキには「ナンセンス極まりない非現実」として映ったことで、フキは笑ってしまったのだと思います。
『ルノワール』には、父母の他にセミナー講師やチヒロの母といった大人たちが登場しますが、フキの大人たちに対する眼差しは、すべからく「まなこをさす」光です。
この点をどう考えるかで、この映画の見方は変わってくるように思います。
フキと父
ただ、フキは、父親にだけは射抜く眼差しを向けません。無邪気な目で接します。
それはなぜなのか?
フキにとって父は異界ではなく自分の側の人間であり、心を許している仲間だから…、と、僕は考えています。
フキにとっての馬
さらに一つ、映画の大事なキーワードに”馬”があります。
フキは動物が”好き”です。馬のいななきを真似したり、父と競馬場に出かけたり、他にも馬のモチーフが登場しますが、馬が何を意味しているのかがとても気になりました。
最後エンドロールで英語の歌が流れますが、その歌詞でようやく腑に落ちました。
その一節にこんな歌詞がありました。抜粋します。
「夢中になれることをやってごらん」
「子どもの頃好きだったものが 見えなくなるかもしれない」
「だけど落ち込まないで」
「人生の残りはどんどん減っていくから」
「地上での日々をとことん楽しんで」
馬はフキにとって「大好きなもの」「大切なもの」です。エンディングの歌を聴いた時、すなわち、誰でもが、のちに大人になったときに”子どもの頃好きだったこと”を忘れなければ、人生は輝くものになる…..というメッセージだと僕は捉えました。
監督がどう考えていたかは分かりません。これはあくまで僕個人の捉え方です。
ルノアールの絵画についての一考察
「イレーヌ」の向こうに描かれているもの
映画のタイトルにもなっている『ルノアール』が何を意味しているのでしょう。それこそ見た人それぞれに違った答えが出てくると思います。
最後に僕が受け取った「ルノアール」の意味を書いて終わりにします。
父の入院する病院内で、フキは印象派画家のルノアールが描いた少女イレーヌの肖像複製画を買います。この絵です↓
正式画題は、『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 Portrait d’Irène Cahen d’Anvers.』。通称:「可愛いイレーヌ」です。
先にも書きましたが、僕自身、12歳の頃、学校に業者が来ての販売会でこの絵の複製画を買っています。
そして僕の部屋の壁にピンで貼り付け、惚れ惚れと見ていたことを思い出しました。
”12歳の僕”にとって「ルノワールのイレーヌ」の美しさは、”新しい、それまで見たこともない世界=異界”だったのだと思います。
そしてフキは、”永遠に生きている存在としてイレーヌを見ていた”ような気がします。
ここで、ちょっと視点を変えてみます。
画家はキャンバスの上に何を描くのでしょう?
それは画家がモチーフの向こう側にある隠れた美だったり真実だったり、醜さだったりです。
要は「絵は表に見えていない隠れている世界」を描き出します。
11歳のフキがリアルに感じ取っていた「愛すべき見えない世界」。そのアイコンとしてフキはルノワールの「イレーヌ」複製画を買ったんだ……と僕は思っています。
絵画「イレーヌ」のモデルは?どこに収蔵されている?
メモ書きとして、「イレーヌ」の制作年、どの美術館に納められているかを、ここに書いておきます。
制作年は1880年です。キャンバスに油彩。モデルは、当時8歳だった銀行家の娘・イレーヌです。
『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 Portrait d’Irène Cahen d’Anvers.』(通称:可愛いイレーヌ)は、スイス:チューリッヒ美術館に所蔵されているとのことです。
『ルノワール』僕の評価
僕の評価は、個人的な「イレーヌ」への思い入れと、10代の頃の忘れかけていた記憶を思い出させてもらったことで、満点星五つ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️です。
早川千絵監督の撮った『プラン75』も良かったですが、『ルノワール』もとても心に刻まれ、忘れかけていたものを思い出させてもらいました。
素敵な作品をありがとうございました。
最後に、エンドロールの歌の歌詞がとても素敵で胸に響きました。そのことも書き添えておきます。
『ルノワール』配信は?
以下のサービスで配信・レンタルされています。(2026年1月1日現在情報です。配信が終わっておいる場合もありますので、ご確認ください)
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ルノワールってどんな画家?
当サイトは、画家タクが運営している映画レビューです。
『ルノワール』というタイトルを冠された映画をレビューしているんですから、画家ルノワールがどんな人だったのかを書かずに終わるわけにはいきません。
ルノワールの生涯を簡単に書いておきます。
貧しい仕立て屋の家に生まれる
本名は、ピエール=オーギュスト=ルノワールといいます。
1841年、ルノワールはフランスのリモージュに生まれました。
お父さんは、洋服の仕立て屋さん。お母さんは、お針子さん。貧しい家でした。
幼い頃から、ルノアールは、絵が得意でした。
しかし家が貧しかったので、小学校を卒業するとすぐにお皿や器などに絵付け職人に弟子入りします。
その仕事をする中で、画家になろうと決心します。
画学生時代〜売れない絵描き
その後、ルノワールはフランスの国立美術学校に入学、親しい同級生には後にルノワールとともに印象派絵画で有名になるモネがいます。
ルノワールは外で絵を描くことが好きでした。
当時は、絵は室内で描くのが普通だったのですが、ルノワールのように外で風景を見て、その場で描くのは珍しいスタイルでした。
ルノワールは陽光や空気をそれまでなかった独特な描き方でキャンバスに描き留めました。
ルノワールが編み出した描き方は、当時は斬新な手法でしたので、なかなか受け入れられませんでした。
「私が描きたいのは、風景の中に入って行けるような絵であり、実際に抱きしめたくなるような可愛い女性だ」と言っていたことが伝わっています。
なので、描きたいものを描きたいように描く自分の最善を捨ててまで、展覧会の流行になびこうとはしませんでした。
ルノワールが展覧会で初めて入選したのは28歳の時です。
彼は大喜びしました。
しかし、その喜びは長くは続きませんでした。
戦争が始まってしまったのです。ルノワールは徴兵され、戦場に向かいます。
35歳〜ジョルジュ・シャルパンティエとの出会い
戦争から帰ってきて、再び筆を取りましたが、展覧会では落選の連続。
その後もルノワールの絵は全く売れずに貧しい生活が続きました。
1876年、ルノワール35歳の時、彼は、ようやく自分の絵を認めてくれる人と出会います。
ジョルジュ・シャルパンティエです。
裕福なジョルジュと、その家族は、ルノワールに絵の注文を出し経済的に支えます。
光の時代へ
1878年、シャンパルティエ夫人と子供たちを描いた絵は、展覧会で入選、ようやく日の目を見ます。ちなみにその絵は、今はニューヨークのメトロポリタン美術館に収蔵されています。
1880年、39歳の時、ルノワールはアリーヌと出会い結婚します。アリーヌを深く愛していたルノワールは、絵の中にも頻繁にアリーヌを登場させています。
同年1880年、映画のキーワードになる絵画「イレーヌ」を制作。ルノワール39歳。
1892年、51歳の時、「ピアノに寄る娘」を描き、政府によって買い取られ、ルノワールはようやく画家として認められます。
病にたおれても
しかし、それから5年後の1897年、56歳の時にルノワールは病に倒れます。その病は手にも支障をきたし、彼は筆を持つことができなくなってしまいます。それでもルノワールは描くことをやめませんでした。
彼は、指で筆が持てないなら手首に縛ればいい、と、巻きつけた筆でパレットから絵の具をすくい取り、絵を描き続けました。それは絵を描くことが何よりも好きだったからです。
1919年、ルノワールは78歳でこの世を去りました。
貧しさ、そして病気に苦しんだルノワールですが、亡くなった後も作品は輝きを放ち、彼の画家としての生き方は今を生きる勇気を与えてくれます。




コメント
[…] 仙台の正月は気持ち良い晴れた日でスタートしました。 今年は午年です。 馬は自由と飛翔のシンボルでもありますね。 行きたいところへ自由に駆けていき、描きたいモチーフをたっぷり描き、会いたい方々とゆっくりお会いする、、、イラストレーターとして、画家として、さらなる飛躍を目指す、そんな年にしたいです。 2026年が皆様にとって実り多い年となりますよう、お祈りします。 ※2023カレンダーも引き続き通販で好評販売中です。 ご希望の方は当サイトオンラインショップよりご注文ください。 ※画家のタクの映画レビューサイト・ムービーダイアリーズ、正月レビュー作は早川千絵監督の『ルノアール』を取り上げています。こちらからご覧ください。 Tweet #CIDP闘病記:2026年のスケジュールを立てました […]