映画『オデュッセイア』ネタバレ感想・考察
古代ギリシャ史を学んだ画家が観たノーラン版ホメロス
こんにちは、映画好き画家のタクです。
実はぼく、学生時代は史学科で古代地中海世界、なかでもギリシャ史を専攻していました。
ちょっと変わり種です。
その後なぜか画家になったわけですが(笑)、そんな元・古代ギリシャ史専攻の画家が、西洋文学史の源流ともいえるホメロスの『オデュッセイア』を映画館で観る。
しかも監督は、一癖も二癖もあるクリストファー・ノーラン。
これは観ないわけにはいかないでしょう。
というわけで、公開初日に劇場へ行ってきました。
結論から言えば、ぼくはこの映画、好きです。
CGで神話世界をキラキラと作り上げたファンタジーではありません。
土と岩と海と血。そこに人間と神々が同居している。
そんな妙に生々しい古代ギリシャが、スクリーンの向こうにありました。
映画『オデュッセイア』とは?
2026年公開。監督・脚本はクリストファー・ノーラン。
原作は、紀元前8世紀ごろに成立したと考えられているホメロスの叙事詩『オデュッセイア』です。
トロイア戦争を終えたイタケ王オデュッセウスが、神々や怪物、嵐など数々の困難に遭いながら故郷へ帰還するまでを描いた物語。
撮影はホイテ・ヴァン・ホイテマ。ノーラン作品ではおなじみの撮影監督です。
しかも本作は、全編をIMAXフィルムカメラで撮影した初の長編映画。ロケはギリシャ、イタリア、モロッコ、スコットランド、アイスランドなど各地に及んだということです。
主なスタッフ・キャスト
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
音楽:ルドウィグ・ゴランソン
美術:ルース・デ・ヨング
オデュッセウス:マット・デイモン
ペネロペ:アン・ハサウェイ
テレマコス:トム・ホランド
アンティノウス:ロバート・パティンソン
アテナ:ゼンデイヤ
カリプソ:シャーリーズ・セロン
ヘレネ/クリュタイムネストラ:ルピタ・ニョンゴ
エウマイオス:ジョン・レグイザモ
キルケ:サマンサ・モートン
アガメムノン:ベニー・サフディ
メネラオス:ジョン・バーンサル
『オデュッセイア』あらすじ【ネタバレなし】
トロイア戦争。
イタケ王オデュッセウス(マット・デイモン)は、有名な「トロイアの木馬」の策略によってギリシャ軍を勝利へと導きます。
しかし戦争が終わっても、彼の旅は終わりません。
故郷イタケへ戻ろうとするオデュッセウスと仲間たちを待っていたのは、荒れ狂う海、怪物、神々、そして次々と襲いかかる悲劇でした。
一方、イタケでは妻ペネロペ(アン・ハサウェイ)と息子テレマコス(トム・ホランド)が、オデュッセウスの帰還を待ち続けています。
しかし王の不在が長引くにつれ、王宮にはペネロペとの再婚を迫る男たちが居座るようになります。
父は生きているのか。
夫は帰ってくるのか。
そしてオデュッセウスは、本当に故郷へたどり着けるのか。
映画は「帰ろうとする父」と「帰りを待つ家族」という二つの物語を行き来しながら進んでいきます。
『オデュッセイア』は難しい?前もって知っておきたい物語の仕組み
ここは映画を観る前に知っておいて損はないと思います。
物語は一本なのですが、大きく二股に分かれています。
一本は、トロイア戦争から故郷イタケへ帰ろうとするオデュッセウスの物語。
もう一本は、オデュッセウスを待つ妻ペネロペと息子テレマコスの物語。
映画はこの二つを行ったり来たりします。
そして最後に二本が絡み合い、一つになる。
クリストファー・ノーランって、こういうことやりますよね(笑)。
時間を素直に一直線には並べてくれない。
ただ、この二本があると頭に入れておけば、かなり見やすくなると思います。
ノーランが作った古代ギリシャは「生っぽい」
クリストファー・ノーランといえば、とにかく「実物」にこだわる監督。
今回もその迫力は圧倒的でした。
古代ギリシャと地中海は切り離せません。
劇中では古代の櫂船が重要な役割を果たしますが、これがもう、たまらない。
実際、海上撮影には実際に航行できる大型船が使われ、俳優たちも海上で撮影に臨んでいます。
荒波を進んでいく船を見ながら、
「これ、本当に海に浮いてるじゃん……」
と、ぼくはニヤニヤしていました。
もちろんVFXや特殊効果は使われています。
でも、なんというか、特撮に肌感覚があるんです。
潮風が匂ってきそうだし、岩は痛そうだし、海水は冷たそう。
ファンタジックな『オデュッセイア』を期待すると、肩透かしを食うかもしれません。
でもぼくは、このノーラン版『オデュッセイア』の生々しさが好きでした。
『オデュッセイア』のトロイアの木馬が美しい
トロイア攻略といえば、もちろん巨大な木馬です。
トロイア戦争を描いた映画には、ブラッド・ピット主演の『トロイ』があります。
あちらの木馬も、かなり突き抜けたデザインで大好きでした。
そして今回の『オデュッセイア』。
これまた木馬がいい。
ぼくは画家なので、物語より先に造形を見ちゃうんですよ(笑)。
馬が動いている途中の、一番美しい一瞬をそのまま彫刻として止めたような造形。
そもそも木馬は、神に捧げるものとしてトロイア側に信じ込ませなければならない。
ならば、どんな馬の姿にするのか。
ここには美術チームの相当なこだわりがあったんじゃないでしょうか。
ただし木馬デザイン対決なら、ぼくは今のところ『トロイ』に一票。
あれを初めて見た時の衝撃は猛烈でした。
古代ギリシャ・ローマは西洋人にとって特別な世界
古代ギリシャ・ローマって、西洋人にとってものすごく特別な時代なんです。
たとえばルネサンス。
乱暴なくらい簡単に言ってしまえば、古代ギリシャ・ローマ文化をもう一度見直そうという「再生」の運動でした。
西洋の美術教育を受けたことのないぼくが断定することはできません。
ただ、西洋美術の底には、古代地中海世界で生まれた「美」の感覚が、文化的DNAのように流れているんじゃないか。
映画を観ながら、そんなことを考えていました。
だからこそ、あの木馬の造形にも、どこか「彼らのルーツ」が滲んでいるように感じたんです。
トロイア陥落——「戦争って、こういうことさ」
トロイア陥落の殺戮は強烈です。
武器は青銅の剣。
それでズバズバと人間を殺していく。
ところが残酷なのに、必要以上にグロテスクには見せない。
編集の畳みかけ方が絶妙なんです。
そこでオデュッセウスは、戦争の虚しさを知っていく。
ぼくにはノーラン監督から、
「戦争って、こういうことさ」
と突きつけられているように感じました。
『ダンケルク』でもそうでした。
ノーランは戦争を語るとき、正面から説教してこない。
ちょっとクセのある角度から放ってくる。
ぼくは、そういうところが好きです。
『オデュッセイア』と『古事記』はどこか似ている
西欧圏の人々にとっての『オデュッセイア』と、日本人にとってのそれでは、スタート地点がかなり違うと思います。
日本では、
「名前は聞いたことあるけど、ちゃんと読んだことはない」
という人が多いんじゃないでしょうか。
映画を観ながら、ぼくはなぜか『古事記』を思い出していました。
天岩戸、ヤマタノオロチ、スサノオノミコト……。
ぼくだって詳しいわけではありません。
でも、人間のすぐそばに神々がいて、人間と神の世界の境界線が今よりずっと曖昧だった時代の物語。
その感覚が、どこか似ている。
『オデュッセイア』を遠い外国の古典として見るより、
「これはギリシャ人にとっての巨大な神話的原風景なんだ」
くらいに考えると、日本人にもスッと入ってくるかもしれません。
『オデュッセイア』ラスト結末レビュー【ここからネタバレ閲覧注意!】
ここから先は完全にネタバレです。
これから映画を観る方は、ここでストップしてください。
