『ウェンディ&ルーシー』ネタバレ〜犬と一人の女性が織りなす珠玉のロードムービー|あらすじ考察・キャストまで

ヒューマン・ハートフル

『ウェンディ&ルーシー』映画レビュー
犬と一人の女性が織りなす珠玉のロードムービー

このレビュー記事にはネタバレあらすじと感想が含まれます。またあくまで感想評価は一個人の印象です。映画をご覧になる方は、鑑賞後にお読みください。



久々に、抱きしめたくなる映画を観ました。

いや、別に、ブルーレイを買って抱きしめるという意味ではありません。

抱きしめるー繰り返し思い出すことで、その印象がさらに胸にすうっと染み入ってくるのではないか…という感覚での、「抱きしめたくなる」です。

その映画は『ウェンディとルーシー』。(2008年アメリカ公開)です。

静かだけどドラマの起伏もあり、余韻のある映画はないものか…と探していたんですが、映画の配信の森に迷い込んでしまい、手探りでつかんだのが、この一本でした。



『ウェンディ&ルーシー』どんな映画?

監督はケリー・ライカート。主演はミッシェル・ウィリアムズ。2008年公開のアメリカ映画です。上映時間は1時間半ほどの心地よい長さです。

アラスカを目指す一人の若い女性ウェンディ(ミッシェル・ウィリアムズ)が、旅の途中、お金がないことでトラブルを起こし、泣き面に蜂の四重奏。その間に愛犬ルーシーは姿を消してしまいます。

足止めを食ったウェンディはルーシー探しに奔走するのですが…というストーリーです。

一人の女性と一匹の犬を通して、人生に降りかかる”目的と現実の大きなギャップ”がちらつく…そんなインディペンデント系の映画です。映画の行間から垣間見えるのは、アメリカの現実でもあるのでしょう。



『ウェンディ&ルーシー』予告編

映画『ウェンディ&ルーシー』スタッフ・キャスト一覧

名前 メモ
監督 ケリー・ライカート(Kelly Reichardt) ミニマリズム的演出で知られるアメリカの女性監督
脚本 ケリー・ライカート、ジョナサン・レイモンド 短編小説「Train Choir」を基に共同脚本
製作 ニール・コップ、アン・ロスリーニ 『オールド・ジョイ』の製作陣
撮影 サム・レヴィ(Sam Levy) 自然光を生かしたリアルな映像が特徴
音楽 なし(環境音による構成) 劇伴を排し、静寂と音のリアリズムを追求
主なキャスト
ウェンディ ミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams) 愛犬ルーシーと旅する若い女性。
ルーシー ルーシー(Lucy Carroll) 監督の実際の愛犬が出演。
警備員 W・アール・ブラウン(W. Earl Brown) ショッピングセンターの日中警備員。ウェンディをさりげなく見守る。
店員 ジョン・ロビンソン(John Robinson) ウェンディを万引きで補導するスーパーの若い店員。
修理工場社長 ウィル・パットン(Will Patton) 警備員が紹介するクルマの修理工場の社長。

 

『ウェンディ&ルーシー』あらすじ(前半)

インディアナ州から古びた愛車ホンダ・アコードに乗って愛犬ルーシーと旅を続ける若い女性ウェンディ(ミシェル・ウィリアムズ)。

ウェンディは、仕事も家もなく、わずかな手持ちの現金だけを頼りに、目指しているのはアラスカです。

オレゴン州のポートランドに立ち寄ったウェンディは、愛車が故障して身動きが取れなくなってしまいます。

さらにはスーパーで愛犬ルーシーのゴハンを盗もうとしたところを店員に見つかり、警察に通報されてしまうウェンディ。

ウェンディは短時間の拘留で済みましたが、釈放後に最愛のルーシーの姿を見失ってしまいます。

そこに小さな助けが。車を停めていたショッピングセンターの老警備員(ウォルター・ダルトン)が、保健所に行くことを勧めます。

彼は携帯を持っていないルーシーに自分の電話を貸したりしながら、陰ながら見守ってくれます。

ウェンディは車の故障を直そうと、老警備員に紹介された目の前のガレージを訪ね、修理の見積もりを依頼し、レッカーで移動してもらいます。

お金も車中泊できる愛車も無くなったウェンディは、いなくなった愛犬ルーシーを探しまわりますが、、、。



 『ウェンディ&ルーシー』あらすじ〜ネタバレ結末まで

ルーシーの行方は分かりません。

ウェンディは、老警備員のアドバイスを受けながら、できることを全てします。

しかし、クルマが手元を離れ、泊まるところも無くなったウェンディは野宿し、不安と疲労、孤独に押しつぶされそうになります。

朝が来ました。

そんなウェンディの元に非番の老警備員が現れます。彼の携帯に、ルーシーがある家に保護されている…ということがわかります。

しかし、その家の所有者はルーシーを大切に世話していました。ウェンディは、ルーシーのその穏やかな姿を見て、胸を痛めます。

お金もない、車もない、目的地へも辿り着けていない…。そんな自分の現状ではルーシーを幸せにできない….

そう悟ったウェンディは、涙ながらに愛犬の幸せを願い、彼女をその家に託す決断をします。

夜明け、ウェンディは一人でアラスカへ向かう貨車に飛び乗ります。

後ろに流れてゆく当たり前な線路沿いの風景はたぶん、それでもウェンディの新しい一歩です。…エンドロール。



『ウェンディ&ルーシー』感想・考察

見終わってから”自分自身との対話”が次々始まる映画に、駄作はない、といつも思います。

『ウェンディとルーシー』もまさしくエンドロールが終わって、ぼくはもう一人の自分と話し始めていました。

以下はそんなぼくの声です。

「なんなんだこのすごい女優は?ミッシェル・ウィリアムズ?初めて知ったよ。セリフほぼ無しでこれだけ物語を語れるものか?」

「ミッシェル・ウィリアムズってさ、調べてみら結構出演作を観てるんだよな。たとえば『フェイブルマンズ』の母親役。『グレイテストショーマン』にも出ている。『スピーシーズ〜種の起源』にもクレジットされてるよ」

「主人公を「ポン!」と、少し突き放したようなカメラと演出が好きだ」

「ひとり旅でドツボにハマった時って、こんな感じなんだよな。世界にただひとり…って感じでさ。わかりすぎる。泣ける」

「ひとの旅はさほどおもしろいものではないよね、だけど、面白くないと感じる理由は客観的にその旅を見る、距離の違いだけだと思う」

そんなふうに次から次へと心の中で対話が生まれてくるのだから、ぼくにとって『ウェンディとルーシー』は”大当たり”の映画でした。


ロードムービーのもうひとつの真骨頂

『ウェンディとルーシー』はロードムービーのジャンルにはいる映画だと思いますが、いわゆる主人公たちのA地点からB地点への途上の出来事を見せるタイプではありません。”移動型ロードムービー”を期待してみると、肩透かしを食うと思います。

主人公ウェンディはアラスカを目指してはいます。けれど『ウェンディ&ルーシー』の話はオレゴンのポートランド近郊だけで済んでしまいます。

目指すアラスカ州までは、まだ日本列島縦断分くらいは残っている、そんな道半ばの一点だけで物語は進むのです。

今、「済んでしまう」と書きました。

普通、ロードムービーでは、A地点からB地点へと向かう中で、運のアップダウンをみせながら、人生の機微をちらつかせ、見知らぬ人との繋がりの粋を説き、明日への希望をちらつかせ締めくくるものですよね。

ところがそれが、一点だけに集約されているんです。

集約されているとはいえ、適当にまとめたのではありません。しっかり濃いんです。

『ウェンディ&ルーシー』の物語は、ウェンディのひとつのトラブルが次のトラブルにつながり、次から次へと泣き面に蜂の四重奏となっていき、大団円的な解決を見せることもなく、静かに終わるんです。

ロードムービーをイメージさせるような移動のシーンが見られるのは、オープニングとエンディングのみだけ。

それでもあえてぼくは言いたい。

この移動なき『ウェンディとルーシー』には、旅のさまざまな機微がギュッと詰まっている、と。

 

ひとり旅で誰でもが体験しうる”次々降りかかってくる非日常での孤独感、どん詰まり感”。

助けや答えは意外なところからやってくるという真理。

人には”話しかける相手がどれだけ必要か”ということが一人旅では実感すること。

それらが全て、見事にパッケージされているのです。

 

旅に例えて書きましたが、誰の人生の日常にもそんな『ウェンディとルーシー』のドラマたちが、そっくりあるんだと思います。

トラブルがトラブルを招いてしまって、あっ、もしかしてこの人は助けてくれるかも……という出会いはただのすれ違いで終わってしまって……でも、思ってもいなかった人が助け舟を出してくれて……その先に答えはなくとも、やはり日々は続いていく……みたいなドラマたち。

こう捉えると、もはや『ウェンディとルーシー』は『旅の神話』です。


ロケ地は見事なまでの普通の風景

『ウェンディとルーシー』の何がそんなに良かったのか?を上げていくとキリがないのですが、内容、主役、犬、映像、全てが心地よい体温と湿度を持った美しさで構成されています。

映画に登場するシーン(ロケ地)は、最初から最後まで、見事に「なんてことない風景」オンパレードです。

しかし、品があるんです。

カットの向こうに見える、打ち捨てるしかないような風景からも、撮影カメラマンの「絵として残してやるから安心しろ」という呟きが、スクリーンの向こうから聞こえてきそうです。

オレゴンの国立公園に行けば、絵になるところはいくつもあるに違いないんです。しかし『ウェンディとルーシー』ではあえてそういったところを舞台にしていません…。それは制作側の凛としたこだわりなんだと思います。

ビデオではなくフィルムで撮っているだろう画面の質感も、大いにそこには影響していると思います。

ぼくは、「美しさって、フォトジェニックとは違う」って、つい思ってしまいました。

この映画は、ポートランドの生活者の見る”普通の風景”の中に異邦人たる主人公たちを置くことで、ひとり旅の持つ「風景と心象の距離感」を測り、ひねり出しているようにおもえてなりません。



ウェンディのメモがステキ

ぼくがとても好きなカットがあります。それは、ウェンディの手にする”旅支出 兼 日記帳”の余白に「ウェンディが描いたに違いない手書きの飾り罫」をつけていたカットです。こんなシーンを挟んでくれるのは、女性監督ならではのセンスのような気がします。

もし、仮に、男性監督だったとしたら主人公が女性であっても、多分飾り罫は思いつかず、書かれているのは文字だけ…というカットを撮るように思います。

”旅支出 兼 日記帳”のそのカットからは、監督から「人生の余白をどんな模様で埋めるのか?」という問いを、さらっ と投げかけられたような気がしてなりません。

老警備員の渡してくれたもの

ショッピングセンターか何かの駐車場で車を停めて車中泊していたウェンディを「ここは寝泊まりできないから公道に出てくれ」とさとす初老のガードマンが登場します。

2人の関係なくしてこの物語は語れないのですが、初老の日勤ガードマンはほんとうに小さな「自分がしてあげられること」をウェンディに少しずつ、少しずつ渡していきます。

それに対してウェンディの取る姿勢は、決して感謝の気持ちが表れたものではありません。(日本人ならこんな演出は絶対に取れないと思います。道徳観の違いは、大きいですね。)

でも、それでいいのです。

ラスト近くでガードマンが渡した「数ドル」という善意に対して、ウェンディが涙して感謝したカットを挟もうものなら、この映画はただのワンちゃん探しの善意お涙頂戴ドラマで終わってしまうでしょう。

あの「数ドル」をウェンディは、エンドロール後、ドラマの続きで何に使うのでしょうか??

たぶん、近い将来、ウェンディは、その数ドルを元手にお金を稼ぎ、ルーシーとの再会を果たすため、ポートランドに戻ってくるに違いない…とぼくは思いました。

いや、原稿を書いている今でも、強く、そうあって欲しい、と思っています。


描かれているのはアメリカの現実

いいことばかり書いてきました。このままだと「なんでファンタスティックな映画なんだ!」と誤解されかねません。

『ウェンディ&ルーシー』に登場する脇役にみる、アメリカの現実(たぶん)も書いておきましょう。(注※アメリカには行ったことがないので、ここからは憶測です。)

ウェンディが出会う人たちの設定は、ほぼ中〜低所得者層と思われます。

ウェンディは映画冒頭で、線路沿いで焚き火を囲んで飲み食いしている若者たちに出会いますが、彼らはウェンディが目指すアラスカで仕事を探し出し、稼いできた体験を口にします。

ほぼ路上生活者に近いように見える彼らは、ウェンディの近い将来の暗示なのか…とも思ってしまいます。

次に出会うショッピングセンターの初老の警備員ですが、歳の頃60代かと思います。

その彼も決して中産階級ではありません。リアがベコベコに凹んだセダンに乗っているくらいですから。ですが、彼の優しさ、人の良さが、ぼくはもう一つのアメリカを語っているように思えてなりません。

彼にとって、「腕がいいガレージ」や「品揃えが安くいいスーパーマーケット」は、ウェンディにとって、決してそうではありませんでした。

ある人にとってはベストな一面はしかし、生活レベルが少しずれればバッドに見えてしまうのがアメリカ(西欧か?)なんでしょう。

 

万引きしたウェンディを捕まえた店員だって、店長だって、ウェンディが引き渡された警察のハイテクが苦手な警官だって、みなそれぞれ、ぼくにはきちんと血肉が通っているように思えました。

ぼくはその血肉から、だれもがこぼれ落ちないように「必死に暮らしている」のだな…と感じました。

しかし、ウェンディは、トラブルが重なったことにより、「アメリカで暮らしていく最低限の資質」からこぼれ落ちかけてしまうんです。

そう考えてみると、この映画は、冷たいアメリカのリアルを描いているのだと思いました。

とても怖いアメリカの顔を見せつけられた気がしました。



愛犬ルーシーの品格

犬派の人なら、この映画のラストは涙なくしては見られないでしょう。きっと、たぶん。少なくともぼくはそうでした。(ぼくは犬を飼ったことはないけど、犬派。)

ネタバレしてしまいますが、金色の「狩猟犬とレトリーバーの雑種」として紹介されるルーシーは、最初と最後に登場するだけです。

画面にいないのに、その存在感がすごい。全編にルーシーの印象が行き渡っています。演出の巧みさもあるけれど、ルーシーの演技力も見逃せませんよ。

最後に登場するルーシーの後ろ姿は、凛とした品さえ感じ、いまだにまぶたに焼きついて離れません。

 

その先のウェンディとルーシーのやりとりには、それこそ「信頼とは何か?約束とは何か?」という人として大切にしたいコトガラが詰まっており、涙を禁じ得ませんでした。

ルーシーの犬格にやられました。

ちなみにルーシーはケリー・ライカート監督の愛犬だと聞きましたが、彼女(ルーシー)は2008年のカンヌ映画祭で、名演技をした犬に与えられる「パルムドッグ賞」を受賞しています。



『ウェンディとルーシー』評価は?

『ウェンディとルーシー』は、人生に必要なものなんて、さほどない。そう思わせてくれる珠玉の小品です。

ぼくの評価は、星五つ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️(満点星5つ)です。

ぼくは、アメリカ人は、もともと生きる糧を求めて移動するDNAを持っているように感じています。スコットランドやアイルランドからアメリカ大陸へ渡ってきたように。

スタインベック原作の名作映画『怒りの葡萄』に見る農民たちの西への移動にも、そんなDNAを感じました。(当サイトでもレビューしていますのでどんな映画か知りたい方はこちらからどうぞ)

かれらは、”仕事を求めて移動していく”という体質を生まれながらに備えているように思うんです。

そんな理解がないと、この映画は(主人公の行動は)ピンとこないかもしれません。

この映画は、以下に当てはまる方々に推します。

・地味目なロードムービーが好きな人

・ひとりが苦にならない人

・予定を決めない旅が好きな人

・自分の人生、余白が必要…と思っている人

そんな方にオススメです。

ぼくにとって、時々取り出してはそっと見たくなる、そんな一本になりました。

いい映画をありがとうございました。


『ウェンディ&ルーシー』配信は?

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『ウェンディ&ルーシー』DVDは?

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