『キャリー』(1976)ネタバレあらすじ・感想・今に見る意味をレビュー|血と信仰に縛られた少女の怒りが世界を呑み込む

スリラー・ミステリ・アクション

『キャリー』(1976|原題: Carrie))ネタバレレビュー

このレビュー記事にはネタバレあらすじと感想が含まれます。またあくまで感想評価は一個人の印象です。映画をご覧になる方は、必ず鑑賞後にお読みください。

こんにちは!映画好き絵描きのタクです。
先日懐かしい映画『キャリー』を配信で見つけたので、早速観てみました。1976年公開のアメリカ映画です。

ぼくは当時、高校一年生。ちょうど映画沼にハマりかけてた青春時代、何でもかんでもジャンル問わず映画アタックしていた頃に見たホラー映画です。




『キャリー』(1976)予告編

『キャリー』(1976)解説

『キャリー』がどんな映画かというと、ホラーの旗手、スティーブン・キングの書いた小説の映画化作品です。超能力をもつ1人の女子高校生がいじめに遭い、卒業パーティー=プロムナイトでその力を爆発させる…と言う筋だての映画です。

監督はあのブライアン・デ・パルマ!『カリートへの道』『スカーフェイス』『アンタッチャブル』『カジュアリティーズ』『ミッションインポッシブル・1』…と、ぼくは大好きな監督なんです。ブラッディデパルマとも異名をとった彼の、若かりし頃に監督した映画です。

あっ、普通は主役俳優の紹介から入るよね、、、。ごめんなさい。

主役がこれまたすごい女優さんです。シシー・スペイセク!彼女はこのときまだ映画出演、2本目なんですね。ぼくは当時この映画のシシー・スペイセクを見て、それはぶっ飛びました。高校生の役を演じていますが、当時、彼女は26歳でした。

今はもう彼女も70代なんですけど、まだまだ元気に活躍しているのが嬉しいです。
2018年の『さらば愛しきアウトロー』では、ロバートレッドフォードとの共演で、旧友同士が慈しみ合うような演技に、それはもう切なくて切なくて涙が出そうになりました。

すっと本筋に戻して、それでは45年ぶりに再見した『キャリー』(1976)を、レビューしてみましょう。

『キャリー』(1976)スタッフ・キャスト配役

最初に制作陣と俳優キャストを書いておきます。俳優は『キャリー』後にブレイクする懐かしいヤングアクターの名がずらっと並んでいます。

監督 ブライアン・デ・パルマ
脚本 ローレンス・D・コーエン
原作 スティーヴン・キング
製作 ポール・モナシュ/ブライアン・デ・パルマ

『キャリー』(1976)キャスト表

※配役/俳優/日本語吹替/役柄の立ち位置でまとめました。

役名 俳優 日本語吹替声優 役柄の立ち位置
キャリー・ホワイト シシー・スペイセク 潘 恵子 いじめと母の支配に苦しむ少女。超能力を秘めている。
マーガレット・ホワイト パイパー・ローリー 里見 京子 狂信的な母。キャリーを精神的に縛る。
コリンズ先生 ベティ・バックリー 武藤 礼子 キャリーを気にかける教師。
トミー・ロス ウィリアム・カット 三景 啓司 善意からキャリーを支えるが、悲劇を加速させてしまう存在でもある。
ビリー・ノーラン ジョン・トラボルタ 三ツ矢 雄二 クリスの恋人。プロムでの計画を実行する。
クリス・ハーゲンセン ナンシー・アレン 吉田 理保子 キャリーを執拗にいじめる中心人物。
スー・スネル エイミー・アーヴィング 幸田 直子 良心に目覚めた元加担者。
ノーマ・ワトソン P・J・ソールズ 山田 栄子 いじめ集団の一員。

脇役陣も今見ると豪華です。『ビッグウェンズデー』『新・明日に向かって撃て!』のウィリアム・カットがシシーの相手役トミー。さらには『キャリー』後に『サタデーナイトフィーバー』『グリース』でスターの仲間入りするジョン・トラボルタが劇中しっかりと光を放っています。(トラボルタ、やっぱり(笑)不良役だけど、存在感すごいです)

脇役で出ている女優もナンシー・アレンやエイミー・アーヴィングと、80年代〜90年代を沸かせた作品、、、ナンシーは『ロボコップ』や『殺しのドレス』、エイミーは『フューリー』『コンペティション』でスクリーンを飾ったポップな顔です。

皆、映画『キャリー』をその後の活躍の踏み台にしているように感じるのは、ぼくだけだろうか???…。



『キャリー』(1976)あらすじ

キャリー・ホワイトは、学校では陰湿ないじめを受け、家では狂信的な母親の厳しい宗教教育に苦しめられている内気な女子高生だ。

ある日、体育授業の終わりに、シャワールームで初潮を迎えてしまう。戸惑い驚きあわてるキャリー。その姿を同級生のクリスやスーは嘲り笑い、いじめ倒す。

その事件をきっかけに、彼女の中に“何か”が目覚める。サイコキネシスの発露だ。

体育教師は、キャリーをいじめた生徒たちへの罰として、彼女たちを処罰する。クリスはキャリーに逆恨みをし、ボーイフレンドのビリーを巻き込んで、キャリーへの陰湿ないじめを計画する。

一方でスーは、自分のしたことを悔い、恋人のトミーに「キャリーをプロムに誘ってほしい」と頼み、トミーはその役を引き受け、キャリーの家に出向き、プロムに誘う。

最初は誘いを断っていたキャリーだが、トミーの熱意に押されてプロムにカップルとして出ることを決める。

そして運命の夜——

キャリーの母親は、キャリーの変化に恐れを抱き、外出を禁じるが、キャリーはトミーと共にプロム会場の体育館に向かう。

素敵なドレスに身を包んだキャリーが、プロム会場に足を踏み入れる。

『キャリー』(1976)あらすじネタバレクライマックス(閲覧注意!)

惨劇の夜、怒りとサイコキネシスの解放

プロムでキャリーとトミーは“キング&クイーン”に選ばれ、人生で初めて幸せを感じるキャリー。しかし、それは壮絶な「さらなるいじめ」の前触れだった。

天井から吊るされたバケツの豚の血が、キャリーの頭上に降り注ぐ。

血にまみれたキャリーの心は崩壊する。

トミーは落ちてきたバケツを頭に受け、倒れ伏す。

キャリーの怒りと恐怖が臨界点を超えたその瞬間、彼女の超能力が暴走し、会場の扉は閉まり、血と炎の地獄と化す。




『キャリー』(1976)ネタバレ結末(閲覧注意!)

以下は完全ネタバレです。映画を見たい方はスルーしてください。

生徒たちを閉じ込め、炎に包まれた体育館を後にキャリーは呆然と家路につく。豚の血にまみれたまま、目は何かが外れたように空(くう)を睨んでいる。

そこに悪戯を仕掛けたクリスはビリーの車でキャリーを追い詰める。が、彼女の一瞥に車は横転、爆爆発炎上。クリスとビリーは炎の中に命を落とす。

家にたどり着いたキャリーは、呆然としたまま、バスルームで豚の血を洗い流す。

バスルームから出たキャリーを魔女と認めた母親が、神に背くものだとナイフで襲いかかる。

再びキャリーの憔悴がサイコキネシスを生み、キッチンのナイフが宙を飛び、母親をドア枠に磔にする。命が消えていく母親に呼応するように、家が崩壊し地面の中へとキャリーを飲み込み消えてゆく。

その後——

生き残ったスーは、ある悪夢に囚われるようになった。

それはキャリーの血に濡れた手が突如として地面から現れ、スーの手を掴み地面に引き摺り込もうという悪夢、、、。

スーの悪夢から覚めた表情で、エンドロール。




『キャリー』(1976)久々に見た感想です

キャリーはグロい?

いや、実は、それなりに古い映画だから、今見てどう感じるかな、、、と。恐る恐る観たのです。が、、面白かった!!!…と、これでおしまいにしたらレビューになりません。

ブラッディデパルマのイメージが強かったので、「かなりグロかった?っけかな??」と思っていたんですが、今にみると、さほどでもありません。

確かに予告編にあるようにキャリーが血まみれになるシーンはありますが、脚本がしっかり後に繋いでいく必然を持たせています。なので、顔背けるほどのブラッディホラーという感じは受けません。オッケーという感じ。

クライマックスで、ナイフがひとりでに宙を舞い、突き刺さるという「痛いカット」もありますけど、今にしてみると、やっぱりさほどじゃない。多分にこれは「青春ホラー」としての映画制作コンセプトがベースにあったからなのではないでしょうか?。

今はもっとすごいブラッディホラーが、フツーにたくさん作られていますので、すでに「時代が変わってしまったのかな、、、」とも思いました。

ついでに言うなら、僕らのリアルな日常の中もブラッディですよね。血まみれ事件が次々起こってニュース画面から流れてきて、まるで僕らはキャリー並みの情報ブラッディシャワー浴びてるようなもんです。

キャリーが可愛く見えてしまうのは、それだけ今生きている世界がリアルな血にまみれているから…なのかもしれません。




キャリーの魅力

今の時代にあえてキャリーの魅力を再発見するなら、それは以下の点に尽きると思います。

それはキャリーが母親から虐待され、学校でも「いじめ」の対象にされてしまっているという、今の社会でもよくみる社会問題の構造を、わかりやすくドラマ化している点ではないでしょうか。

ぼくが高校生だった当時、いじめや家庭内虐待は、今ほどニュースになっていませんでした。しかし、やはりいじめはありましたし、虐待家庭も表に出ていなかっただけで、たくさんあったんだと思います。

『キャリー』は家庭でも学校でも「追い詰められている存在」です。先般『タコピーの原罪』というアニメを見たのですが、ふと思ったのはこの『キャリー』でした。(ぼくは『タコピーの原罪』のコアなファンではないので、間違っているのかもしれませんが。。。)

45年経っても家庭内虐待は子どもに圧をかけ歪みを作り、学校でいじめに連鎖していくのは、全く変わっていないんだな、と思ったのでした。

そんな時代を先取りしていたかのようなキャリーのストーリーは、今、なおさらに心に痛く迫ってきます。



キャリー、君は辛いよね

原作のスティーブン・キングはもはや文豪と言っても良い作家ですが、その作風にはキリスト教の影響が滲んでいます。なので、贖罪とか、罪を背負って何かをする、、、ってテーマがどこかに滲んでたりします。

『キャリー』の主人公キャリーは、どこまでも無垢なんですよ。

全編通して誰かを憎んだり、貶めようという表情はひとかけらもありません。

無垢ゆえにクラスメートの罪や母親の罪を受け止めてしまい、最後は母親を絡め取り地中へ没してしまう。

「なんと切なく辛いラストなんだ….」と、ぼくは思いました。

しかし、キリスト教文化圏の「罪を背負う」とはこういうことなのかな、、、とも、同時に思っていました。

ある意味多宗教(=無宗教)の日本人にはわかりにくいハッピーエンドなのかもしれませんね。(間違っているかもしれませんが)



つらつら考察〜血、宗教、超能力、魔女としてのキャリー

映画の中でいくつかわからなかったり、疑問に思ったことがあったので、つらつらと以下に考察を書き記しておきます。あくまでぼくのメモですので、正解とは限りません。

  • 初潮の血が意味しているものは?:冒頭シャワー室でキャリーが初潮を迎えます。結構衝撃的なシーンですが、それは、キャリーのサイコキネシスパワーを発露させる原因となった母親の持つ、屈折した偏見=「女性の成熟、生理=穢れという非常に古い偏見」を色彩化、絵画化したものでもあるように思います。そして血の祭典となるクライマックスへつながる予兆であり、暴力・死の象徴、、、のようにぼくは思います。

  • 宗教:母親マーガレットの狂信がすごいです。その狂信は、母自身が若い頃の夫との体験から来ています。それが、“女は罪深い”というキリスト教の旧態依然とした価値観と繋がり、無意識内に埋め込まれたのが、母親マギーなのだと思います。だから若い頃の自分をキャリーに投影し、自らを封印・否定したい…それ故のキャリーへの虐待なのでしょう。今、世間に見る家庭内崩壊や虐待の根の一つのように感じました。

  • 超能力:なぜキャリーはサイコキネシスを持てたのか?それは社会に適応できなかった者、適応を拒まれた者の“異端”性がエネルギーとして爆縮したもの、とぼくは考えました。

  • 魔女のモチーフ:キャリーは多分、中世の魔女狩りの対象と重なっています。悲しいかな、「周囲にとっては理解不能なオーラ=空気感=「なんか、理由わからないけどキモいやつ」として、とりあえず排除される存在」なのでしょう。中世の魔女狩りって、もしかするとそういう村社会に溶け込めない異分子を強制排除する役割を持っていたのかもしれないな、、とも思いました。(多分違うかもしれません。だけど、こうやって思うこと考えることはとっても大事だと思うので、そのまま書いておきます。)人間は怖いです。キャリー、かわいそう、、、です。




『キャリー』(1976)評価は?

今回、あらためて俳優シシー・スペイセクの凄さを再認識しました。

また、若き日のブラッディデパルマのいきいきとしたエネルギーも感じられて、嬉しくなりました。この時代、1970年代は、デ・パルマはスティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシ、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラらと「映画キチガイ同級生」のような関係にあったといいます。

ジョン・トラボルタやウィリアム・カットら若き俳優たちからも、その後の時代を担っていくための若い筋力を感じましたし、そんなアメリカ映画界の生き生きとした時代の空気を深呼吸できました。とても嬉しかったです。

ぼくの評価は星四つ⭐️⭐️⭐️⭐️です。

あらためて、素敵な映画をありがとうございました。



『キャリー』(1976)配信先

『キャリー』配信情報(2025年8月現在)

  • U-NEXT:配信あり(見放題)

  • Amazon Prime Video:レンタル・購入可

※配信状況は変更されることもありますので、必ずご自身でご確認ください。








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