映画『離愁』ネタバレあらすじ・結末考察|ラストの抱擁に込められた愛と抵抗

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映画『離愁』ネタバレあらすじ・結末考察|ラストの抱擁に込められた愛と抵抗

歴史メロドラマか、禁断の大人の恋か?

ロミー・シュナイダーをはじめて知ったのは、中学生の時。『追想』という映画でした。

その美貌に「こんな人、いるんだ……」と思春期のぼくはノックアウトされました。

あらためて今、ロミー・シュナイダーの出演作を調べてみると、『追想』は彼女のキャリアの中でもかなり後期の作品なんですね。

→ 映画『追想』(1975)ネタバレあらすじ・感想レビューはこちら

出演作を眺めていたところ、『離愁』というタイトルに目が留まりました。

ポスタービジュアルにも見覚えがあったことから、観てみました、『離愁』。

主演はロミー・シュナイダーとジャン=ルイ・トランティニャン。

あえてあらすじは調べずに、配信の再生ボタンをクリックしました。

そして、観終わって呆然。

これは、ただの悲恋映画ではありませんでした。

第二次世界大戦下のフランスを舞台に、一組の男女の出会いと別れを描きながら、人間が最後に何を選び取るのかを問いかけてくる映画だったんです。

今回は『離愁』のあらすじと結末、そして忘れられないラストシーンについて、ぼくなりに考察してみたいと思います。

映画『離愁』(1973)はどんな映画?

映画の舞台は、第二次世界大戦下のフランス。

ドイツ軍の侵攻から逃れるため、避難民を乗せて走る列車を舞台に、人間ドラマが描かれます。

物語の核となるのは、妻子あるフランス人男性と、ドイツ国籍のユダヤ人女性との恋。

ジャンルとしてはラブストーリーに分類される作品です。

でも、ぼくの印象はちょっと違いました。

フランス人にとって、第二次世界大戦とはどんなものだったのか?

むしろ、それこそがこの映画のテーマのように思えたんです。

一言で紹介するなら、「戦争に翻弄される人間たちのドラマ」。

戦争が舞台背景ですが、戦場を中心に描く戦争映画とは違った視点が、今観ても新鮮です。

原題は『Le Train』。

直訳すれば「列車」。

実は、この原題が、映画の本質をよく表していると思いました。

『離愁』ネタバレなしのあらすじ

1940年、第二次世界大戦下のフランス。

ヨーロッパではドイツ軍の進撃が止まらない。

北フランスの田舎町に暮らすラジオ修理工ジュリアン・マロワイユは、身重の妻と娘を案じ、戦火を逃れるため家族で疎開を決める。

駅にたどり着くと、機関車には客車の後ろに貨車が連結されていた。

駅はジュリアンと同じように疎開を決めた人々でごった返している。

妻と娘は客車に、ジュリアンは最後尾の貨車へと振り分けられてしまう。

すし詰めの貨車。

列車が動き出す寸前、一人の女性アンナがジュリアンの隣に乗り込んできた。

まわりは見ず知らずの赤の他人ばかり。

様々な人間模様を抱えて、列車は走り出す。

途中の駅で、妻と娘が乗った客車は別の機関車に接続し直され、ジュリアン一家は別々の列車に分かれてしまう。

行く先に何が待っているかわからない、避難の旅。

ジュリアンは次第にアンナに惹かれ、やがて二人はからだを重ね、恋に落ちてしまう。

アンナは、自分がドイツ人であり、ユダヤ人でもあることを打ち明ける。

両親はユダヤ人収容所に送られたとも。

避難民を乗せた列車を襲う機銃掃射。そして爆撃。

死が否応なしに避難民たちに降りかかる。

列車は傷つきながらも、ようやく目的地の駅へとたどり着く。

駅構内にはチェックポイントが設けられ、乗客たちは身分証明を求められる。

焦燥の色を浮かべるアンナ。

そんな彼女を見たジュリアンは、アンナを自分の妻だと偽り、身分証明書を発行してもらう。

二人は夫婦としてチェックポイントをくぐり抜ける……。

『離愁』結末までのネタバレあらすじ|最後にジュリアンが選んだもの

※ここからは完全ネタバレです。未鑑賞の方はご注意ください。

ジュリアンは身重の妻と娘の行方を尋ね、ある病院にいることを突き止める。

バスで病院まで同行したいと申し出るアンナ。

二人はバスに乗り、病院へ向かう。

ジュリアンの妻は無事出産していた。

喜ぶジュリアン。

家族に会いに行くジュリアンを見送ったアンナは、バスに乗り、どこかへ消えてしまう。

それから3年の時が過ぎた。

占領下の街で、ジュリアンはラジオ修理工として働きながら、妻と子どもたちと暮らしている。

そこへ占領当局の私服の男たちが訪ねてきて、ジュリアンに同行を求める。

連れて行かれた先は、ドイツ側の警察当局の取調室だった。

そこで一枚の身分証明書を差し出される。

それはかつて、到着駅のチェックポイントでジュリアンが嘘をついて発行してもらった、アンナの偽の身分証だった。

姓の欄には「マロワイユ」の文字。

「この女はスパイだが、あなたの姓を名乗っている。見覚えはあるか?」

そう尋ねる取調官。

首を横に振るジュリアン。

やがて、女が連れてこられる。

アンナだった。

アンナは何も語らない。

ジュリアンもまた、無言だ。

帰ろうとするジュリアン。

しかし、彼は静かにアンナの方に振り返り、その顔に手を差し伸べる。

ジュリアンの腕に抱かれるアンナ。

その仕草は、彼女を知っていると認めることにほかならない。

二人の未来を閉ざすかもしれない選択だった。

ジュリアンに抱かれるアンナ。

彼女の切ない心のうちが表情にあふれ出し、映像が静止する。

エンドロール。

『離愁』感想|恋愛映画だと思って観始めたら……

『離愁』は、大概「第二次世界大戦のフランスを舞台に、妻子ある男とドイツ国籍のユダヤ人女性の愛と別れ……」という具合に紹介されています。

そんなわけですから、美男美女を主役に置いたラブロマンスか、愛し合う二人がわけありで離れ離れになってしまう恋愛モノだろうな……。

そう思って観始めた『離愁』でした。

が、しかし、冒頭からあっさり裏切られました。

オープニングに原題『Le Train』と出てきます。

「ん? 直訳するなら『汽車』『列車』か? ……『離愁』とはずいぶん違うな……」

コレが最初に頭をかすったことでした。

続いて、第二次大戦下、ドイツ軍が迫るフランスの様子が記録映像を交えて描かれ始めます。

この時点で、「かなり戦争モードなんだけど……」とさえ思ってしまう演出に、まんまと引っ張り込まれました。

(実はミリオタなので ^ ^ 苦笑)

妻子と離れ離れの貨車に詰め込まれた主人公ジュリアン。

そして同じ貨車に乗り合わせたドイツ人女性アンナ。

次第に互いが気になり始め……というか、あっという間に恋人同士になってしまう展開の速さは、さすが恋の国フランスですよ。

そんなバッタリ会って急接近って、フランスなら普通なんだ、ジュテームの国だしなあ….と半ば呆れつつ(普通かどうかわからないくせに)、もとい、羨ましがりつつ(笑)。

列車は次第に濃密になる恋人たちとドラマを乗せて、ひたすら前に進みます。

原題『Le Train』が意味するもの|列車そのものが語り部になる

でも、そんな羨ましい(呆れたの同義だな、これは)展開ですが、大道具となる汽車の描き方がうまいです。

様々なシーンごとに的確なアングル。

そして状況説明の装置としての表現に脱帽でした。

装置って、どういうことかというと、

主人公の気持ちが妻からアンナに引っ張られるところで、妻の乗った客車が別の機関車に連結し直される。

これが実にうまい。

列車が切り離されるという物理的な出来事が、ジュリアンの心の分岐点と重なってくるんです。

また、本に例えるなら、章が変わるところでぐいっと引いて汽車全体を俯瞰したり。

そんな感じなんです。

なので、原題が『Le Train』であることにも納得しました。

列車そのものが、物語の語り部になっているんですね。

セリフの少なさが生み出す、戦争映画の余白

『離愁』は、主要な二人のセリフが驚くほど少ない映画です。

その沈黙が余白を作り、独特な余韻となって、観客の想像力や感情に訴えてきます。

列車カットが語り部になる、と書きました。

ジュリアンとアンナのセリフが少ない代わりに、突き進む列車のカットが多いんです。

そのことによって、ぼくは、

「いったいどこへ連れて行かれるんだろう?」

という感覚が、常に観ている心の中にありました。

「どこへ行くのか?」

という感覚は、戦争を背景としたドラマにミステリアスな空気をまとわせ、さらには二人の行く末に暗い影を徐々にはらんできます。

機銃掃射と爆撃|車窓から見える戦争の非情さ

そしてドイツ軍機による機銃掃射という、クライマックスの一つがやってきます。

隣り合わせた乗客たちが、あっさりと銃弾を受けて死んでしまうくだりは、戦争の無情さを見事に表現しています。

そして戦争の非情さをじわっと滲ませます。

続く爆撃にさらされる中、突き進む列車のシーンもまた強烈です。

二人の女性が野原で小用を足している。

そこに列車が通りかかり、爆撃が加えられる。

次のカットでは、一瞬だけ、穴の空いた野原に二人の女性が倒れている……。

進む列車の車窓から見えるその光景は、まるで死神がオーバーラップしてくるかのようです。

誰かの死を悼む時間すら与えられない。

列車は、ただ前へ進んでいく。

そうか、この映画は単なるラブロマンスではないんだ。

戦争に弄ばれる男と女の、愁うべき話なんだ……。

と、現実に引き戻される感じがしました。

『離愁』ラスト考察|最後の抱擁は何を意味するのか?

『離愁』のすごいと思ったところ。

それはセリフが少ないにもかかわらず、きちんと伏線が張られている点です。

列車が終着駅につき、疎開してきた人々がチェックポイントで身元を確かめられ、身分証を発行されます。

アンナはドイツ国籍のユダヤ人であり、ナチスの迫害から逃れていることが、ストーリー前半で語られます。

チェックポイントで身元を聞かれ、立ちすくむアンナ。

そこにジュリアンが「妻だ」と偽り、助け舟を出すんですが、その時発行される身分証が、またラストへの伏線となる。

その自然で見事な伏線運びに、見終わった時、ぼくは呆然としてしまいました。

ジュリアンはなぜアンナを抱き寄せたのか?

あらすじに書いた通り、アンナはレジスタンス活動に関わった女スパイとして捕らえられ、ジュリアンは彼女の存在を認めるか?という選択を迫られます。

知らないと言い続ければ、彼は妻と子どもたちの待つ日常へ帰れたかもしれない。

しかし、ジュリアンはアンナに歩み寄り、その顔に手を差し伸べる。

アンナを抱き寄せる。

たったそれだけの行為です。

けれど、その行為が彼の運命を変えてしまう。(描かれないけれど)

彼がレジスタンスの一員になっていた….とまでは映画では明言されません。

それでも、彼女を見捨てることはしなかった。

死が待っているかもしれないと知りながら、彼はアンナを選んだ。

ぼくには、そう見えました。

ロミー・シュナイダーの表情に見た、フランスの矜持

ジュリアンの懐に顔を寄せ、ようやく居場所を見つけたようなアンナの泣き顔。

その先に待つのは銃殺か?それとも収容所送りか?…

彼女の表情には、哀しみ、謝罪、言葉にし難い安堵が同居している、ぼくにはそう見えました。

そのアンナとジュリアンの顔がストップモーションとなり、エンドロールがかかってきます。

ぼくには二人の表情が、かつてドイツに占領されたフランスという国の、レジスタンスに対する矜持に見えました。

恋人を抱き寄せるという、極めて個人的な行為。

その小さな行為が、占領という巨大な暴力に対する抵抗になっている。

このラストには、そんな力があると思いました。

原作小説と映画『離愁』の結末の違い

ここで一つ、興味深いことがあります。

『離愁』の原作は、ジョルジュ・シムノンの小説『Le Train』。

実は、原作小説と映画では結末が大きく異なるそうです。

※ぼく自身は原作小説を未読です。以下は原作についての資料を調べて知ったことであり、原作を直接読んで比較したものではありません。

原作では、追われる身となったアンナが主人公に助けを求めるものの、主人公は彼女をかくまうことを拒みます。

一方、映画では主人公が自らアンナへの思いを示し、彼女と運命を共にするかもしれない道を選ぶ。

この違いは大きい。

同じ人物が、違う未来を選び取る。

原作の結末について知ることで、映画のラストに込められた意味が、さらに鮮明になったように思いました。

『離愁』感想評価|人はどちらの未来を選ぶのか

ドイツに占領されたフランス。

・そこにはいくつもの出会い、そして生と死、人間ドラマがあったんだ……。

・ジュリアンは、愛する女性を見捨てることなく、その先にあるかもしれない「死」、あるいは「収容所送り」を引き受けたんだ……。

・この映画は一組の男と女を主人公にして、ドイツへの抵抗を続けた人々の記憶を描いた映画でもあったんだ……。

観終わって、ぼくの心には日を追うごとに、そんな感覚がじわじわ広がってきました。

『離愁』に人は何を観るか?

もしかすると「男女の出会いの運命」かもしれません。

もしかすると「悲恋」かもしれません。

それは人それぞれで、いずれであっても間違いではないと思います。

でも、ぼくはこの映画に、もう一つの問いを見ました。

人は、どちらの未来を選び取るのか?

選ぶ未来によって、出会う人が変わってくる。

そして、その選択によって、いつか必ず何らかのかたちで「離別」が訪れる。

ジュリアンは、妻子と暮らす平穏な未来を失うかもしれないと知りながら、アンナを見捨てない未来を選んだ。

そこに、ぼくは人間の尊厳を見た気がします。

『離愁』。

その離別の一つを見た映画でした。

ぼくの評価は星四つ。⭐️⭐️⭐️⭐️

いい映画をありがとうございました。

『離愁』スタッフ・キャスト(配役)情報

項目 内容
邦題 離愁
原題 Le Train
製作年 1973年
製作国 フランス・イタリア
監督 ピエール・グラニエ=ドフェール
原作 ジョルジュ・シムノン『Le Train』
脚本 ピエール・グラニエ=ドフェール、パスカル・ジャルダン
音楽 フィリップ・サルド
撮影 ワルター・ウォティッツ
編集 ジャン・ラヴェル

主なキャスト

俳優 役名
ロミー・シュナイダー アンナ・キュプフェル
ジャン=ルイ・トランティニャン ジュリアン・マロワイユ
ニケ・アリギ モニク・マロワイユ(妻)
モーリス・ビロー モーリス
レジーヌ ジュリー
ポール・ル・ペルソン 取調官
アンヌ・ヴィアゼムスキー 赤ん坊を連れた若い母親

※スタッフ・キャスト情報はフランスのシネマテーク・フランセーズなどの作品資料を参照。

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